しようと勝手だが、捜査の邪魔をすることだけは、やめてもらいたいね」
「はずみでやったことなんだけど……お手数をかけました」
「君には手を焼いた。とても面倒は見きれないから、さっさと、どこへでも行ってくれ」
 膝の上に書類をひろげて、
「いま、これを読むから、相違した点がなかったら、署名して拇印をおしてくれたまえ」
「それは供述書というやつなの」
「そんなむずかしいもんじゃない……捜査調書の抜萃……宇野久美子に関係のある部分だ。われわれの仕事は、確認という形式を踏まなければ体《たい》をなさないのだから、どうしようもないのだ。概略だよ、いいね……東洋放送の宇野久美子、すなわち君は五月二十日、郷里の和歌山市に帰る目的で、二十一時五十分、東京駅発、大阪行の一二九号列車に乗ったが、途中で気が変って……ここは君が供述したとおりになっている……翌、二十一日、三時五十四分に豊橋に下車。七時〇分の東京行に乗った。十一時三十分、熱海駅着、十一時四十分の伊東行に乗車、十二時十二分、伊東駅着……店名失念の駅前食堂で中食、遊覧の目的で徒歩で湖水に向った……二時すぎ、湖水の分れ道、その附近で雨に逢った……雨の中を
前へ 次へ
全106ページ中78ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング