には手がないわけで……あなたの不利になるようなことは、一言も言ってくれなくても結構です。失踪中の大池氏の経済活動の状態を、だいたいのところ、洩らしてくださるだけでいいので、あなた個人に迷惑のかかるようなことは、絶対にありません」
「おっしゃることは、よくわかるんですけど、どうも、あたしではなさそうだわ。お疑いになるのはそちらのご自由よ」
「あなたがK・Uという女性なら楽だったんだが、そうでないとなると、むずかしい話になる……大池氏が自殺する最後の夜、このロッジで過されたあなたは、いったいどういう方なんです?」
「栂尾ひろ子……プロではありませんが、絵描きの部類です。本籍は和歌山……東京に寄留しています。東京の住所を言いましょうか」
「ご随意に」
「世田※[#小書き片仮名ガ、300−上−5]谷区深沢四十八、若竹荘……ヒネているように見えるでしょうけど、これでまだ二十五です……なにか、ほかに?」
「昨日、はじめて大池氏にお逢いになったということだが、大池氏とはどんな関係なんです」
湖水の風景をスケッチするつもりで、伊東から歩きだしたのだったが、分れ道の近くで雨に逢って困っているところを大
前へ
次へ
全106ページ中36ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング