、十分ほどして部屋に帰ると、仲数枝が久美子の行李の細引を首に巻きつけてその端を出窓の手摺子に結びつけ、一気に窓から裏の竹藪へ飛んで死んでいた。
「やったねえ。若い娘にしては心得たもんだ……頸骨をへし折るように作業するのは、縊死のもっとも完全な方法なんだな。ほとんど苦痛はなかったろうと思う」
老練らしい検視官が鑑識課の若い現場係に訓話めいたことをいっていた。
仲数枝の最後の演技はすごい当りだったが、人生の舞台にはエンディングという都合のいい幕切れはないので、終末はひどくごたごたした。こういう死にかたをすれば、どんなみじめな扱いを受けるものかということを、久美子はつくづくと思い知らされ、死にたくなればいつでも死ねるという高慢な自負心がひとたまりもなく崩壊した。
久美子が郷里の小学校にいるころ、生涯の運命を決定するような痛切な事件があった。土用の昼さがり、帷子《かたびら》を着て縁に坐っていた父が手を拍ちあわせながら叫んだ。
「ほい、これはまあ見事《ほうが》なもんや。どこもかしこも菜の花だらけじゃ」
草いきれのたつ庭先には荒々しい青葉がぼうぼうと乱れを見せて猛《たけ》っているだけで、ど
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