を、寂然たる砂浜がとり巻いている。
 米領ブリビロッツ群島、露領コマンドルスキー群島とともに、世界に三つしかない膃肭獣《おっとせい》の蕃殖場で、この無人の砂浜は、毎年、五月の中旬から九月の末ごろまで、膃肭獣どもの産褥となり、逞しい情欲の寝床となる。匍匐し、挑み、相撃ち、逃惑い、追跡する暗褐色の数万のグロテスクな海獣どもの咆哮と叫喚は、劈《つんざ》くような無数の海鴉《ロッペン》の鳴声と交錯し、騒々|囂々《ごうごう》、日夜、やむときなく島を揺りうごかす。
 北海の水の上にまだ流氷の残塊が徂来《そらい》するころ、通例、成牡《ブル》と呼ばれる、四五十頭の、怪物のような巨大獣が先着し、上陸しやすい場所を占領してあとからくる成牝《カウ》を待つ。六月の上旬になって、頭の丸っこい、柔和な眼つきをした花嫁たちの大群が沖を黝《くろず》ましてやってくる。と、その争奪で浜辺は眼もあてられぬ修羅場になる。劇しい奪い合いのために、無数の牝が無惨にもひきさかれてしまうのである。
 争闘が一段落になると、これら性欲の選手たちは、おのおの百匹ぐらいずつの牝を独占して広い閨室《ハーレム》をつくり、飽くことなく旺盛な媾合を
前へ 次へ
全51ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング