うにおとなしく、花子がかくべつ喰べたいともいわぬのに、夜なべをかけて釣に出るわ、華魁《おいらん》鴨をうつわ、雪のしたから浜菜や藜《あかざ》をほってくる、ロッペンの卵をあつめる。どんなうつくしい大家のおじょうさまでもこの島で花子がされたほどもてはやされることはよもありますまい。こんなふうにして、その年もつまり、ちょうど大晦日の夜のことでありました。夕方から年とりの酒もりをはじめましたが、すえにはみんなへべれけになって地金をだし、四方八方から花子にすけべえなじょうだんをいいかけ、近藤などは花子の手をとって寝にいこうなどともうします。わたしははじめから花子をあがめまつり、にくしんの妹のごとくにもちんちょうしておったのでありますが、こういうあんばいを見てはとてもかんべんがなりませず、いきなり突立って、花子はきょうからおれのものにするからくやしかったらどいつでもやってきやがれとたんかをきりました。ひごろ皮剥の、ももんじいのと馬鹿にされとおしていたうらみもてつだって、みなのやつらを前においていいたいほうだいなごたくをならべてやったのであります。すると荒木はごうせいに腹をたて、酒のいきおいもありましたろうが、狭山をやっつけたやつにァ花子をやるべとひどく叔父ぶってもったいぶったことをいいました。みないやおうはなく、もう花子の婿にでもなった気で大よろこびでありました。翌じつのあさ十時ごろ乾燥所のまえのひら地へあつまり、みなで冷酒をひと口ずつ飲みまわしまして、いよいよ決闘にとりかかりました。まぶしいように晴れた朝で、みな上きげんでニコニコ笑っておりました。さいしょの相手は鈴木でありまして、あいつは匕首をもち、わしはおっとせいを撲りころす太い大棍棒でむかいました。鈴木はもと長万部《おしゃまんべ》のばくちうちで、ひとをころしたおぼえのあるやつで、みなのほうへふりかえって舌をだしたり、じょうだんをいったりしました。匕首を鞭でもふるうようにうまくさばいてチョコチョコつけこんでまいりますが、わしには、こしゃくらしくてただおかしいばかりでした。しばらくあしらっていましたが、しちめんどうくさくなり、ひきのめらしておいて力まかせに頭のまんなかをぶち叩きますと、あおむけに、すてんと倒れてしまいました。なんともいえぬおかしな顔をしているので、みなで腹をかかえて大わらいしました。つぎに、早乙女がかかってきましたが、これも同じようにやっつけ、清水さんを最後にして、ひるごろまでにみなぶち撲ってしまいました。わしはただ花子をもませまいとして監獄にゆくかくごでやりだしたことだったのでありますが、こうしてみなが寝くたばっているのをみると、きゅうに欲がでて、なんとかして罪をのがれ、帯広へでも行って花子とくらしたいというような気になり、いろいろかんがえたすえ、みなの死がいをボイラー室へひきずりこみ、米や味噌や野菜《あおもの》を花子のぶんだけすこし引きだし、むやみに石炭をどしこんで食料倉もろとも乾燥室をぶっとばしてしまいました。なぜわしのぶんも米や青物をとっておかなかったかともうしますと、ことしの三がつの十日にあなたが見廻りにこられることがわかっていましたから、それまでにぜひとも壊血病《くずれ》になるつもりで、死《お》ちた海鴨とロッペンの卵のほかは喰うまいとかくごをきめたのでございます。こんなふうにしたら、よもやわしがみなをやっつけたなぞとあやしまれることもあるまいとかんがえたからでございました。なにしろ[#「なにしろ」は底本では「なしにろ」]こんな小さな島のことでありますから、このさわぎを花子が知らぬわけはありません。いちぶしじゅうをさっして小屋でふるえておりました。はじめのうちはおそろしがってそばにもよせつけませんでしたが、そのうちにわしのこころがつうじたとみえ、だんだんうちとけてきましてみょうりにつきるほどやさしくいたし、とうとうふうふになって、この島でたった二人きりで二羽のインコのように仲よくくらしていたのであります。ところで、そのうちに私のくずれはだんだんひどくなり、髪も眉もぬけ、歯ぐきがくさってそこからくさい血がながれだし、かくごしたこととはいいながら、われながらあさましいなりになりました。娘《あま》ッ子というものはほんとうにがんぜないもので、こうなるとこわがってよりつかず、いま、あなたがいられまする土間にひっこもってぼんやり窓からそとばかりながめるようになりました。なんとかしてわしから逃げだしたいとかんがえていることは、そぶりにもさっしられるのでありますが、そうしているうちにあなたがこの島へおいでになる日がおいおいにちかづいてまいります。もし花子をあなたに引きあわしたら、花子はいっけんをバラし、わしから逃げる手段にするだろうということがさっしられましたので、なんとかして
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