こちらへ。こちらへ」
中間や陸尺やらが五人。欅《けやき》のまあたらしい飯台《はんだい》をとりまいて徳利をはや三十本。小鉢やら丼やら、ところも狭《せ》におきならべ、無闇に景気をつけている。
アコ長は、そちらへ愛想笑いをしながら、
「ねえ、とど助さん、みさんが[#「みさんが」はママ]ああおっしゃってるから、お辞儀なしにあっちへ移ろうじゃありませんか」
「いかにも、これもなにかの因縁。大慶至極《たいけいしごく》でござる。そういうご趣向なら、いっそ表戸をしめてしまって、朝までとっくりとやってはいかがなもんでしょう」
「いよう、軍師、軍師!」
「それがいい、それがいい」
さっきの冗《くど》いやつが先に立ってバタバタと表戸をしめてしまう。
さあ、これで邪魔が入らないとばかりに、中間や陸尺のあいだへ割りこんで、たちまち差しつ押えつ、ふたりとも引きぬきになって湯呑で大兜《おおかぶと》。
「さア、ドシコと注ぎまッせ、そんなことでは手ぬるい手ぬるい」
アコ長も、負けず劣らず、
「ご亭主、ご亭主。継立《つぎた》て継立て、銚子のかわりを三枚肩《さんまい》でお願いしやす」
たまらなくなったと見え、亭主も一枚くわわって、注げ注げ、奴《やっこ》、で、一緒になって唄うやら騒ぐやら大乱痴気《おおらんちき》。
さっきの年嵩の中間、冗《くど》くなる酒だとみえ、飯台に片肱を立てながら、
「なア、六平、ここにいるこの五人。それから、すこしお長えのと髯もじゃのふたりのお仲間さん。こうして一杯の酒も呑みあったからにゃア、血をわけた兄弟も同然、そうだろう、六平」
「そうだとも、そうだとも。芳太郎、お前のいう通りだ。まア、一杯飲め」
「おう、その盃を俺にくれるというのか。ありがてえね。……ありがた山のほととぎす、と、いいてえところだが、その盃は貰わねえよ」
「くだらねえことを言わねえで、まア飲め。……それとも、俺のさした盃が気に入らねえというのか」
「ああ、気に入らねえね、気に入りませんよ。手前のような水くせえ野郎の盃は死んだって受けてやらねえんだ」
「また始めやがった。手前は酔うとくどくなる。いってえ、なにが気に入らねんだい」
芳太郎という中間は、いよいよ辰巳上《たつみあが》りになって、
「聞きたきゃ聞かせてやろう。曰《いわ》く因縁《いんねん》故事《こじ》来歴《らいれき》。友達がいに、ここへズラズラッと並べてやるから耳の穴をかっぽじって、よく聞いていねえ。……手めえの叔父というのは、武蔵国新井方村《むさしのくにあらいかたむら》の水呑百姓。それが、近ごろ死《ご》ねまして、ちょっとまとまったものを貰ったから、それを資本《もとで》にここで開店いたしましたこの居酒屋、チチン。……へッ、嘘をつけ、唄の文句ならそれでもいいだろうが、そんなチョロッカなことじゃ世間は誤魔化されねえ。……おい、六平、芳太郎さんの眼は節穴《ふしあな》じゃアねえよ。まかり間違ったらひとさまの生眼も引きぬこうというお兄哥さんなんだ。そんなことで蓮台《れんだい》に引きのせようたって、そうはいかねえや。……つもっても見ねえ、この通り羽目は檜《ひのき》の白磨《しろみが》きにして、天井は鶉目《うずらもく》、小座敷の床柱には如輪木《じょりんもく》をつかい、飯台は節無し無垢《むく》の欅ぞっき、板場はすべて銅葺《あかぶき》にして出てくる徳利が唐津焼《からつやき》。……造作だけを見まわしても、どう安くふんでも三百両。……多寡が上州の水呑百姓。喰うものも喰わずに三代かかって溜めこんでも、これだけのものは残せねえ。……なんだなんだ、今さららしくギョッとしたような面をするねえ。……実は、芳太郎、宇津谷峠《うつのやとうげ》の雨やどり、この三百両は按摩《あんま》を殺して奪《と》った金だといやア、おお、そうかと嚥みこんでやる。子供をあやすんじゃあるめえし、上州の叔父が死《ご》ねまして。……ちえッ、笑わせるにもほどがある。手前のような野郎は、嚮後《きょうこう》、友達だなんぞと思わねえから、そう思え」
六平は、いつの間にか片だすきをはずして双膚《もろはだ》ぬぎ、むかしの地を丸出しにして床几のうえに大あぐらをかき、毛むくじゃらの脛をピシャピシャたたきながら、
「こいつアやられた。そこまでお見とおしたア知らなかった。……やいやい、芳太郎、まア、そうご立腹あそばすな。悪気でしたわけじゃねえ。ちょっと曰くがあって、それで出放題《でほうだい》なことを言ったんだから、まア、勘弁してくんねえ」
「勘弁してくれというなら勘弁しねえこともねえが、じゃアその曰くというのを聞こうじゃねえか。……なア、みんな、こりゃアいちばん聞かねえじゃおさまらねえところだ、そうだろう」
「そうだとも、そうだとも」
「やい、六平、吐《ぬ》かさねえと、この屋台へ火をつ
前へ
次へ
全8ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング