を着た番頭や印物《しるしもの》を着た鳶頭《かしら》が忙しそうに出たり入ったりしている。
日が日だから温厚な万屋和助もさすがに迷惑そうな顔をしたが、こちらはそれに構わず、残らず家の中を見せてもらって、最後にお米が寝ていたという例の座敷土蔵。
大奥の局もこうあろうかと思われるような手びろい構え。長い廊下に四方からかこまれた五百坪ぐらいの中庭があって、土蔵はそのまんなかに建っている。
アコ長は、ひょろ松を助けるふりをしながら土蔵の穴蔵へ入ってなにかしきりにゴソゴソやっていたが、やがてひょろ松の耳に口をあて、
「ここに抜穴でもあるかと思って調べて見たが、そんなものはない。このへんがギリギリだろうから、さっき言ったことを万屋に訊いてみろ」
ひょろ松は合点して、万和のほうへ寄って行き、
「ねえ、万屋さん、つかぬことをお伺いするようですが、お米さんが息を引きとられたとなると取りあえず湯灌の支度をしなくちゃならない。そのとき棺はこの土蔵座敷の中まで入りましたろうね」
万和はうなずいて、
「息を引きとりましたのが七ツ半ごろ。泣きの涙で死衣裳に替えさせ、お時という小間使をひとり残してわれわれは広座敷へ集まって葬式の日どりの相談をしておりますと、それから半刻ほどの後、お時がワアワア泣きながら飛んでまいりまして、お嬢さまが、いまお持ちなおしになりましたと申します。さっそく平野屋へ棺の断りをいわせ、転ぶように土蔵座敷へ入って見ますと、お米はぼんやりと眼をあけて天井を眺めております。……お米、お米と名を呼びますと、低い声で、はいはいと返事をいたします。ありがたい、かたじけない、まるで夢のような心持。なにはともあれ、家内で祝いをしようと思って、ふと土蔵の戸前のほうを見ますとそこに棺桶や湯灌道具がおいてあります。え、縁起でもない。こんな物をかつぎこんでと腹を立て、土蔵から走り出して店のほうへ行きかけますと、手代の鶴三というのが廊下を通りかかりましたから、おいおい、平野屋へ断りを言えというのになぜ言わぬと申しますと、鶴三は、たっていま使いをやったところですが、ええ、その断りは遅いわい。棺が土蔵座敷の戸前にすえてある。縁起でもない、なんでもいいから早く引きとらせなさいと……」
ひょろ松は手で制して、
「いや、よくわかりました。そのへんまでで結構。……御祝儀の日にとんだお騒がせをして申訳あり
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