松は、うなずいて、
「たしかにあります。棺に鍬をうちあてた痕もあるし、棺の蓋をこじあけた跡もある。……ところがそれは昨日や今日のもンじゃない。どう見てもふた月か三月前の仕事」
「たぶん、そんなことだろうと思っていた。お梅が死んだのをきっかけにしたんでは、これほどの念の入った筋立ては出来ないはずだから、すると、お梅もやはりそいつらの手で気長にすこしずつ毒でも盛られて弱らされ、証拠の残らないようにして殺されたのだと思われる。……思うに、よっぽど以前から手がけた仕事にちがいない」
「なんといっても、五十万両の身代をウマウマ乗っとろうという大仕事。おっしゃる通り、たぶんそのへんのところでしょう。……それはそれとして、阿古十郎さん、あなたのほうはどうでした」
顎十郎は、頭へ手をやって、
「おれのほうは大失敗。……お前の畚《もっこ》に乗せられたばっかりに飛んだ赤ッ恥を掻いた。……おい、ひょろ松、お気の毒だがな、棺桶は玄関から奥へは入ってはいなかったんだぜ」
「えッ」
「……かついで行ったのはお米をかわいがっていた平野屋の隠居。途中で棺をおろしてもいなければ休んでもいない。のみならず、棺は一度も伝右衛門の背中から離れていないんだから世話はねえ。せっかくの思いつきだったが、棺桶のほうは諦めるよりしょうがない」
「すると、いったい、どういう方法で……」
「と、言ったって、おれにはわからねえ……」
と言って陽ざしを眺め、
「祝言のある夕方の六ツ半までには、あとわずか三刻《みとき》。盃のすまねえうちになんとか埓をあけなくちゃならねえンだから、こんなところでマゴマゴしちゃいられねえ。ともかく小塚っ原の投込場《なげこみば》へ行って八間堀へ浮いた首なし女の死体を験《あらた》めて見ることにしよう。……いくらなんでも茂森町から運び出したお米の首を斬って、つい目の先の堀へ投げこむほどのことはしなかろうとは思うが、しかし、なんとも言えない。万一、それがお米の死骸だったら、これこそ拾いもの」
「いかにもおっしゃる通り。今日からこちらの月番で存分なことが出来ますから、じゃ、これからすぐ……」
千住まで駕籠をやとって飛ぶようにして小塚原。投込場同心に筋を通すと、下働きの非人が鍬をかついで非人溜りから出てきた。
棺があるわけでもなければ筵でつつむわけでもない、草原のほどのいいところを浅く掘って投げこみ
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