。くだらねえ人騒がせをするときかねえぞ」
 若太夫はおびえた声で、
「どうして、まあ、そんなことが。現在こうして今日までに何千という人に……」
 ひょろ松は、ジロリとその顔を見あげて、
「さもなけりゃ同腹《どうふく》だろう。手前らが櫓裏の二階にいて、これだけの物が運び出されるのに気がつかねえはずはなかろう。死んでいたのか眠っていたのか、それとも霍乱《かくらん》でも起してひっくりかえってたのか。生きて眼をさましていたとあれば、それは理屈にあわなかろう、どうだ」
 後から六兵衛が、ささり出て来て、
「そうおっしゃるのは、いかにもごもっとも。あっしらのおりましたところは飾場のちょうど真上。あれだけの物が運び出されるのがどうして気がつかなかったか、それが不思議でならねえンで。……よだ六というのが飛んで来てそう言いましたときも、誰ひとり本当にする者アない。馬鹿にしやがると思いながらおりて来て見て、真実、狐に化かされたような気がしました」

   落着《らくちゃく》

 顎十郎は、ふンと鼻を鳴らして、
「凧にのって金の鯱《しゃち》をはがす頓狂なやつだっている。要用《いりよう》だったら、鯨だってなんだって持って行くだろうさ。別に不思議はありゃアしない」
 ひょろ松は、あっけに取られたような顔で、
「要用って、あんな物を、……あんな馬鹿べらぼうなどえらい物を持って行って、いったい、どうする気なンでしょう」
「おれならば鯨鍋にする」
「からかっちゃいけません。正《しょう》の話、あっしには、それが不思議でならねえンです」
「それは不思議でもあろうさ。ひとの都合なんてえものは他人にゃわからねえ。なにか思いこんだことがあって、どうでも要用だったんだと思うよりほかはない。鯨鍋は冗談だが、誰にしたって始末に困る。そうあるべきはずのところを、なにか知ら、たいへんな手間をかけて持って行ったというからには、われわれの知らねえような退っ引きならねえ理由があったのにちがいない。そのへんのところをトックリと考えて見ると、なんのためにこんなことをしたかすぐわかるはずだ」
「阿古十郎さん、じゃアあなたにはなにか、もうお推察《みこみ》が……」
 顎十郎は、首を振って、
「そこまではまだおれにもわからない。しかし、鯨をどうして持って行ったか、そのほうだけははっきりとわかっている」
 ひょろ松は、おどろいて、
「え
前へ 次へ
全15ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング