みすぎたというような気がしませんか」
「します、します。……それに、どんな方法でやったところが、京屋と『大清』がそんな関係であって見れば、かならず藤五郎に疑いがかかる。これは逃れっこがないんだから、ちょっと悧巧な男なら、これはけっして殺《や》りません」
「そうですとも、殺らないほうが本当なんです」
ひょろ松は、たまりかねたように割って入って、
「ですから、甲府でなにか悪いことをしたそのしっぽを吉兵衛が……」
顎十郎は笑いだして、
「大清が京屋のとなりへ移って来たのは昨日や今日じゃあるまい。どんなしっぽをつかまれたか知らないが、いつ言い出されるかわからないのに便々と二年も放っておくわけがない。どうでも殺さなければならないのなら、もっと以前にやっているはずだ。また、吉兵衛のほうにしたってそれだけの弱味を握ってるなら、おもんを引きあげられたときに口惜しまぎれにひと言ぐらい喋らなければならねえ場合だ。俺の考えるところでは、そりゃアたぶん吉兵衛が出鱈目だな。……俺にすりゃア、そんなことより吉兵衛の寺通いのほうが気にかかる。墓いじりばかりしていたなンていうのは、自分の死ぬ日が近くなったのを知ったためではなかったろうか。……おい、ひょろ松、お前、吉兵衛の菩提寺というのへ行って見たのか。どんなことをしていやがったのか洗って来たのか」
ひょろ松は、額へ手をやって、
「どうも、そこまでは……」
「それをやらなきゃ話にならねえ。……吉兵衛の菩提寺というのは、いったいどこだ」
「浅草|御蔵前《おくらまえ》の長延寺《ちょうえんじ》だということです」
「そんならわけはねえ。ここからひと跨《また》ぎだ。これからすぐ行って見よう。さあ、乗んねえ、乗んねえ、かついで行ってやる」
嫌がるひょろ松を駕籠へのせ、ホイホイという間もなく長延寺。
住持にあってようすを訊くと、
「いつもひどく沈んだようすをしていて、墓石を洗いながらブツブツひとりごとを言ったり、墓にもたれてぼんやり考えこんでいたりするので、わたくしも気にしていたンですが、このあいだ来たときなどは、永代経をたのみますと言って二十両つつんで来ました」
顎十郎は、妙な顔をして、
「永代経というのは自分が江戸を離れて生涯帰ってこられねえとか、死目が近くなって、それに跡目がいねえなどというときに、忌日々々に先祖の供養をしてもらうことなんだが、
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