てもらいましょう。焼物は、魴※[#「魚+弗」、第3水準1−94−37]《ほうぼう》の南蛮漬。口がわりは、ひとつ、手軽に、栗のおぼろきんとんに青柳《あおやぎ》の松風焼《まつかぜやき》。……まア、だいたい、これくらいにして、後はおいおい、そのつど追加するとし、とりあえず、いま言った分だけをここへずらずらッと並べていただきましょう」
 小波は、改まった会釈《えしゃく》をしてひきさがって行ったが、間もなく、爪はずれよく足高膳《あしたかぜん》に錫のちろりをのせて持ちだし、つづいて、広蓋《ひろぶた》に小鉢やら丼やら、かずかずと運んで来て膳の上にならべる。
 顎十郎は呆気にとられ、
「これはどうも、まさに即意当妙《そくいとうみょう》。こうまで水ぎわだっていようとは思わなかった。こういう芸当を演じるには莫大な無駄と費用がかかるもの。うすうすは察していたが、小波さん、あなたの殿様てえひとは、よほど派手な方とみえますな。贅沢といっても、これほどのことはなかなか出来にくい。お留守居にはずいぶん通人も多いが、ちょいとこいつは桁はずれ。まったく、感じ入りました」
 小波は、愛らしくうなずいて、
「殿様は能登《のと》様の御勘定役《ごかんじょうやく》。また、奥様のお実家は江戸一のお札差《ふださし》の越後屋《えちごや》。したがって、たいへんご内福で、それに、このたび、鹿児島の英吉利《えげれす》騒動につらなって藩の武器買入れのため、御用金をたんとお預りになっていらっしゃるので、ついこの裏のお金蔵には、黄金《こがね》が夜鳴きしているそうでございます」
「ほほう、時節柄、それは物騒な話。してみると、今宵のお招きは、そのへんのことにかかわったことであるやも知れん」
「そのへんのことは、もちろんあたくしどもの存じよりにないことですけど、噂によりますと、このほどから、このお金蔵を狙っているものがあるというようなこともチラチラ耳にいたしております。もっとも口さがない中間どもの噂ですから、どこまで本当のことですやら。……それにつけても、あなたさまのような、江戸一といわれる捕物のご名人が、ここでこうして控えておいでになるんでは、いかな盗賊どもも迂濶《うかつ》には手出しもなりますまい。ほんとうに、こんな心丈夫なことはございませんわ」
 急に気がついたように、婀娜に身体をくねらせながら、ちろりを取りあげると、
「……そ
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