の下見《したみ》の節穴へ、写し絵の種板のようなものをおしあててニヤリと凄い顔で笑う。
 と、場面が変って、座敷の中。十八九の娘が、枕屏風を引きまわして寝ているその欄間の上を、先刻の清姫の蛇体が、すさまじいようすでニョロニョロと這いまわりはじめた。
 見物の村の衆は、あっけにとられて口をあいて眺めるうちに、暗闇の庭さきで、あッ、という叫び声がきこえ、つづいてバタバタと門のほうへ走り出したものがある。
 むさんに駈けて行って、潜りから外へ飛びだそうとしたが、かねて手はずがしてあったものと見え、門の両側の闇につくばっていた五六人の男がムクムクといっせいに立ち上って、折り重っておさえつけてしまった。
 引きおこしてみると、それが、日ごろまめまめしく立働いていた下男頭の作平。

 五日市街道のもどり道。
「……それにしても、手洗鉢にうつるお天道《てんと》さまのあかりを種につかい、節穴に嵌めこんだ種板で欄間に大蛇をうつして見せようなんてえのは、そうとう悪達者なやつ。……手洗鉢の水にうつった陽の光が、折れ曲って節穴を通り、座敷の欄間に照りかえしているのを見て、それから思いついたことなのでしょうが、手洗鉢の水に種があろうなどとは誰も気がつかねえ。……消そうと思えば、手洗鉢の蓋をしめるだけのこと。……出そうと消そうと心のまま。なるほど、これじゃア、変幻奇妙……。八王子へ出かけて行って、作平が、もと玉川一座の種板《コマ》絵描きだったということをさぐり出して来なかったら、とてもこの謎々はとけなかったかも知れません。……それにしても、阿古十郎さん、欄間の光のみなもとは、手洗鉢の水にあたる陽の光だということが、どうしてあのとき、おわかりになりました」
「だって、そうじゃないか、おれが不浄へ行って帰って来るまでのあいだ、おれはたったひとつだけのことしかしていない。……つまり、手洗鉢の蓋を取って手を洗っただけ。……ところが、今までなかった光が欄間へうつる。……すると、欄間に光がうつったのは、おれが手洗鉢の蓋をとったためだと思うほかはない。……まア、理詰めだな、たいして自慢にもなりはしない」
 ひょろ松は、仔細らしくうなずいて、
「なるほど、そういうわけだったのですか。……聞いて見れば、わけのないことだが、あなたが、あたしの耳へ、これは、『写し絵』の仕掛で、欄間へ大蛇をうつすのだぜ、と囁かれたとき
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