らくり[#「のぞきからくり」に傍点]と同じレンズがはまり、カンテラのあかりで、美濃紙を継ぎあわせた、天地三尺、幅三間半ぐらいの幕にうつす。
横長の、八寸ほどの木の枠に、立ったところ、ころげたところ、起きあがったところと、いろいろな姿態を硝子《ギヤマン》に極彩色で描いた、五枚から八枚までの種板《コマ》を嵌めこみ、幕のうしろにいくつも写箱をならべて交互にこれを使用する。名人になると、ひとりで四つの写箱をつかいわけて、画面の人物をたくみに操り、さながら、生きて動く人間を見るような至極《しごく》な芸を見せたものであった。
そのころでは、これはこの上もない面白い観物《みもの》。あすは名主さまの家で『写し絵』があるということになると、近郷村一帯、だれも仕事に手がつかない。七八里もあるところから、村じゅう総出で、提灯をつけて夜道を辿ってやってくる。
さて、いよいよ、当日。
又右衛門の家では朝から転手古舞《てんてこま》い。
広座敷に燭台を出したり、楽屋をこしらえたり、座布団や煙草盆。庭には、いっぱいに筵を敷きつめ、足りないところには縁台を出す。
下男頭の作平が、僕童を追いまわしながら、
「おいおい、ここに筵が足らねえぞ……縁台はこっちじゃあねえだ。むこうだむこうだ」
などと、汗みずくになってやっている。すこし骨細だが、実直そうないい壮者《わかもの》。
奥では、接待の麦茶わかし、子供にくばる菓子づつみや強飯《こわめし》やら。
このほうは、女中頭のお年が一生懸命に采配をふるっている。しめりかえったこの屋敷に一時に春がきたよう。だれもかれも、浮き浮きした笑い声をあげて走りまわる。
まだ日も暮れぬうちから、晴着をひっぱった老幼男女が、煮〆の重詰や地酒をさげてくりこんでくる。またたく間に、五十畳の広座敷はもちろん、筵敷の上までぎっしりと詰って、身動きもならない有様。気の早いのは、もう重箱をあけて盃のやりとり。早くやってくらっせえ、などとだみ声をあげている。
顎十郎も誘われて座敷の隅にいる。
そうこうするうちに、短い秋の日はとっぷりと暮れ、星がキラキラと瞬きだす。
さア、もう始まるべえ、と、ざわめき立っているうちに、作平や世話役が座敷の灯を消して歩く。
やがて、正面の幕に写しだされたのが、吉例の『福助』。
わあッ、というどよめきのうちに、楽屋からは写し絵の口上、声
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