島。今のうちに自分から名のって出りゃアお慈悲ということもあります。余計なことのようだが、これはわたしの親切。かりに身を隠すにしたところが、死ぬまで隠れおおせるというわけにはゆかない。いずれはお上の手にかかる。そんならば、いっそ今のうちに名のって出たほうが、まず身のため。お静さん、納得《なっとく》が行きましたか」
 お静は、肩をふるわせてきいていたが、矢も楯《たて》もたまらなくなったように畳に両手をつき、
「いろいろと、ご親切、さまざまにご理解くださいましてありがとうございました。……おっしゃる通り、日本の中にいるからはどのみち一生かくれ通すというわけにはゆきません道理。お言葉のように、さっそく名乗って出るようにすすめます」
 顎十郎はうなずいて、
「あたしも、そのほうがいいと思うんだ。なんと言ってもこれだけ世間を騒がしたのだし、七人の囚人と御船手役人が束《たば》になって行方知れずになったということでは、お上でもそのまま捨ててはおきません。今のうちに名のって出て、伏鐘の一味におどかされ、つい、よんどころなくと申立てれば、いくらか罪は軽くてすむでしょう。……それはそうとお静さん、弥之助さん
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