の手紙はだれが持って来ました」
「石をつつんで塀越しに庭さきへ投げこんでありました」
 顎十郎は、なにかちょっと考えてから、
「これでだいたい話はすんだが、ひとつ、あなたのご亭主の弥之助さんが今どこにいるか当てて見ましょうか」
「えッ」
「ところは江戸のうち。……水に縁のあるところ。中洲でもなし川岸でもなし、と言って品川の砲台でもない。すると、これは島ですな。江戸に島と名のつくところは、そう数はない。越中島、……佃島……それから石川島……。と、言ったってそんなびっくりした顔をなさらなくともよござんす。……江戸のうちでお上の袖がこいの中につつまれて安穏に世を忍べるところといえば、まず、さしずめ牢屋敷。……が、このほうはよっぽど罪を犯さなくてはかなわない。なにとぞお願い申しますと言ったって入れてくれない。……ところで、石川島の人足寄場のほうは、ちょっと上役人《かみやくにん》をいためつけ、おれは江戸無宿だからどうともままにしてくれと言ってひっくりかえれば、即座に島へぶちこんで、けっこうな手仕事をさずけてくれる。入ったが最後なかなか出られないが、そのかわり、ここならばまずぜったいお上の風も吹きつけない。灯台もと暗しとはこのこと。伊豆の田浦岬の二十四五里の沖あいで行きがた知れずになった十一人の片われが、まさか石川島の人足寄場にいるとは思わない。その気にさえなれば、こんな安気《あんき》なところはない。いわんや、恋女房が住んでいる家とは堀ひとつへだてた背中あわせ。あなたに惚れぬいている弥之助さんとしちゃア、こんな楽しい隠れ場は探そうたってほかにはありはしない。……どうです、当りましたか」
 お静は顔を染めて、
「でも、まあ、どうして、そんなことまで」
「それは積《つも》っても知れましょう。聞けば、あなたの家は人足寄場のすぐ塀外。手紙を石につつんで投げこめるところといったら、まず人足寄場のほかはない。言うに落ちず語るに落ちるとは、この辺のところを言うのでしょう」
 お静がしおしおと帰って行って、すこしたってからひょろ松がもどって来た。顎十郎はすわるのも待たずに、
「ひょろ松、十五日の朝、島おくりの囚人は二カ所の川岸から艀舟に乗ったろうな」
 ひょろ松は眼をむいて、
「阿古十郎さん、あなた、どうしてそれを」
「どうしてもこうしてもありはしない。そうででもなければ、この件はどうしてもウ
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