。……見あらわされたうえはいさぎよく白状するが、なにもこれは迷信などを信じてやったわけではない。おまえも知ってのとおり、花世は甲子《きのえね》の年の生れ、大黒様の申《もう》し子《ご》のようなやつだから、それで、こうして、いくぶんの義理をたてておる。これだけは見のがしてくれ」
顎十郎は、聞くでもなく聞かぬでもないような様子で版木をひねくりまわしていたが、なにを認めたものか、ほう、と声をあげ、
「こりゃア妙だ。……叔父上、この尊像はすこし変っていますぜ。……いままでの大黒尊像は、俵を踏んまえて、その下に鼠が二匹いる。……だれでも知っている通り、それだけのものだが、これ、ごらんなさい、この尊像には、こんなわけのわからぬものがついている」
見ると、なるほど、尊像の空白に、お灸のあとのような、妙なものがついている。
それは、こんなふうなものだった。
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弥太堀《やたぼり》
小網町《こあみちょう》の船宿《ふなやど》でわかれたきり、その後、三日になるが杳《よう》として顎十郎の消息が知れない。
弓町の住居にもかえらないし、庄兵衛の屋敷にもよりつかない。また、れいのごとく、中間部屋にでもとぐろを巻いているのかと思って、脇坂や上杉《うえすぎ》の部屋をのぞきこんで見たが、姿が見えぬ。
そうこうしているうちに、南番所のほうでは、いよいよ追いこみにかかったらしく、弥太堀《やたぼり》の近くにおびただしい人数を張りこませ、目ざましいまでに色めきわたっている様子である。
ひょろ松は気がきでない。手にものもつかぬようにじれ切っているところへ、ちょうど四日目の朝になって、顎十郎が泰平な顔でブラリとやって来た。
顎十郎の声をききつけるより早く、ひょろ松は奥から泳ぎだし、喰ってかかるような調子で、
「阿古十郎さん、ひどく気をもませるじゃありませんか。……いったい、今日までどこに雲がくれしていたんです」
顎十郎は、懐手をしてのっそりと突っ立ったまま、
「じつは、長崎のほうに友達ができてな、ちょっとそこまで行って来た」
ひょろ松は、ムッとして、
「冗談なんぞをいってる場合じゃありません。……こっちは、たいへんなことになってるんです。しっかりしてもらわなく
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