っぱって行け」
「ようございます」
 中間どもはおもしろがって、手どり足とり、藤波を部屋へひきずりこんで、大の字におさえつける。
 顎十郎は、のんびりした声で、
「なにか気障なものを持っているかも知れねえ、すッ裸にひんむいてしまえ」
 やれやれ、で、寄ってたかって裸にする。
 ひとりが胴巻から先刻の手紙をひきずりだし、
「先生、こんなものが」
 うけとって眺め、
「なんだ……池さまへ、藤より……。大師流《だいしりゅう》のいい手蹟《て》だ。こいつ文づかいもすると見える。とても陸尺なんぞの書ける字じゃねえ」
 ドッと笑って、
「それはそうと、こいつの始末はどうします」
「かまわねえから、ぐるぐる巻にして隅っこへころがしておけ。朝になったら百叩きにして放してやろう」
 蓑虫《みのむし》のようにグルグル巻にされたのを見すますと、
「よし、お前らは、しばらくあっちへ行っていろ。俺は、ちょっとこいつに意見をしてやる」
 陸尺どもは、先生はあいかわらず酔狂《すいきょう》だと口々に囃しながら、部屋つづきへひきあげて行く。
 顎十郎は、板の間にころがされて眼をとじている藤波のそばにしゃがみこみ、
「ときに、藤波さん、寝ごこちはどうです。まんざら悪くもないでしょう」
 藤波はくやしそうに、キリッと歯噛みをする。
 顎十郎は、へらへら笑いだして、
「まア、そう、ご立腹なさるな。……どういう御縁か知らないが、よく不思議なところで落ちあいますな。御同慶のいたりと言いたいところだが、実をいうと、すこし、小うるさい。……今までのところなら、大して邪魔にならないが、今度は、南か北かという鍔ぜりあい。役所の格づけがきまろうという大切な瀬戸ぎわだから、あなたにチョコチョコ這いだされると、手前のほうは大きに迷惑をする。すみませんが、明日の朝までここへころがしておきますから、どうか、そう思ってください」
 藤波は、もう観念したか返事もしない。
 顎十郎は、依然としてのどかな声で、
「しかしね、藤波さん。私もあまり野暮《やぼ》なことはしたくない。この手紙だけは池田甲斐守にとどけてあげてもいいのですが……」
「………」
「私も男だから、つまらぬ嘘はつきません、どうします」
「………」
「それとも、破いてしまいましょうか」
「………」
「お返事がないところを見ると、破ってもいいのですな」
 藤波は痩せほそったよ
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