あとについて歩きながら、
「馬鹿なことをおたずねするようですが、実のところ、やはり神隠しなんでございましょうか」
藤波は、フフンと鼻で笑って、
「神隠しなら、いっそ始末がいいが、そんな生やさしいこっちゃねえ、攫《さら》われたのだ」
「でも、どの木戸も出ちゃアおりません」
「なにを。……十三の乗物は、ちゃんと木戸を通ったはずだ。現に、ここにこうして投げだしてあるじゃねえか」
「そりゃアそうですが、番所には、それぞれ十人からのお勤番が控えております。いったい、どうしてその眼をくらましたのでしょう」
「たったひとつ方法がある。……木戸うちにいないとすれば、木戸から出たと思うほかはない。いってえ、どうしてぬけ出したのだろう。……ちょっと頭をひねると、すぐわかった。実にどうも、わけのねえことなのだ。……ゆうべは御影供《ごめいく》の当日で、ほうぼうの寺に御開帳があったから、ちょうどあの刻限には、外糀《そとこうじ》町口のあたりは、ご代参がえりの女乗物でごったがえしたはず。御正門ちかくで紀州様の行列を追いぬきながら、十三の乗物を自分らの行列にくりこむくらいのことは雑作もない」
朝太郎は感にたえたように膝をうって、
「なるほど。そう聞きゃア、こりゃアわけもねえ」
「那智衆をご所望になっていた、いずれかのお家中が、かねてこの日をめあてにし、あらかじめ紀州さまの陸尺と手はずをしてあったのだ。……間もなく千太がやって来るが、あの刻限に赤坂青山の木戸を通った家中が知れると、神隠しのぬしは、雑作もなくわかる」
ちょうど、そこへ千太がやって来た。草相撲《くさずもう》の前頭《まえがしら》のような恰幅《かっぷく》のいいからだをゆすりながら近づいて来て、この場のようすを眺めて、
「うわア、こりゃア、どえれえことをやらかしたもんですねえ」
藤波はうなずいて、
「なんではあれ、紀州様のご定紋のついたお乗物をたたっこわすなんてえのは、すこし無茶すぎる。これが表むきになったら、なまやさしいこっちゃアおさまらねえ。……それはそうと、そっちの調べはどうだった」
千太は小腰をかがめて、
「へえ、やはり、お見こみ通りでございました。……紀州様とほぼ同時刻に外糀町口をとおった女乗物は、赤坂表町の松平|安芸守《あきのかみ》さま、それに、外桜田の鍋島さまと毛利さま、このお三家でございます。……松平さまのほうは丸山
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