でございます……」
「よく喋言《しゃ》べるやつだな。……して見ると、その杉の市という按摩はちょっと小悧口《こりこう》な面をしているだろう、どうだ」
「いかにもその通り……按摩のくせに、千賀春なんぞに入揚げようというやつですから、のっぺりとして、柄にもねえ渋いものを着《つ》けております」
「ふふん、それから、どうした」
「……なにしろ、他人《ひと》の首に繩のかかるような大事でございますから、うかつにこんなことを申しあげていいかどうかわかりませんが、たったひとつ思いあたることがございます……」
「なるほど、そう来なくちゃあ嘘だ」
「……やはり、千賀春の講中で、いわば、あっしの恋敵《こいがたき》……」
「と、ヌケヌケと言ったか」
「へえ」
「途方《とほう》もねえ野郎だの。……うむ、それで」
「……芝口《しばぐち》の結城問屋《ゆうきどんや》の三男坊で角太郎《かくたろう》というやつ。……男はいいが、なにしろまだ部屋住《へやずみ》で、小遣いが自由《まま》にならねえから、せっせと通っては来るものの、千賀春はいいあしらいをいたしません。……ところで、こちらは、そのころは、朝ッぱらから入りびたりで、さんざ仲のいいところを見せつけるから、それやこれやで、たいへんにあッしを恨んでいるということでございました。……ところで、忘れもしねえ、今月の三日、芝口の露月亭《ろうげつてい》へまいりますと、その晩の講談《こうしゃく》というのが、神田伯龍《かんだはくりゅう》の新作で『谷口検校《たにぐちけんぎょう》』……。宇津谷峠の雨宿りに、癪で苦しむ旅人の鳩尾《みぞおち》と水月《すいげつ》へ鍼を打ち、五十両という金を奪って逃げるという筋。帰ってから、手をひいて行った婢《おんな》の話で、二側ほど後に角太郎さんがいて、まるで喰いつきそうな凄い顔をしていたと言っていましたが、ひょっとすると、その講談から思いついて……」
「……なかなか、隅におけねえの……按摩鍼などをさせておくのは勿体《もったい》ねえようなもんだ」
ひょろ松は、大仰にうなずいて、
「ところが、角太郎を叩いて見ると、その通りだったんでございます。……杉の市がうるさくつけまわして困る。すっぱりと手を切るから、手切金《てぎれきん》の五十両、なんとか工面《くめん》をしてくれと千賀春にいわれ、のぼせ上って前後の見境《みさかい》もなく親爺《おやじ》の懸硯《かけすずり》から盗みだして渡したが、手を切るとは真赤な嘘。お前のような洟《はな》ッたらしが、あたしと遊ぼうなんてそもそもふざけたはなし。……これは今までの玉代《ぎょくだい》にとっておく。……一昨日《おととい》おいでと蹴り出され、あげくのはて、五十両の件が露見《ばれ》て家は勘当。田村町《たむらちょう》の髪結の二階にひっそくして、三度の飯にも気がねするというひどい御沈落。……くやしくってならねえから、講談で聞いた谷口検校から思いついて、これならよもや判りっこはねえだろうと、素人《しろうと》でも打てるように、杉山流《すぎやまりゅう》の管鍼《くだばり》を買い、自分の膝を稽古台にして、朝から晩まで鍼打ちの稽古。ちょうど一週《ひとまわり》ほどすると、どうやら打てるようになったから、これでよしと昨夜《ゆうべ》の亥刻頃《よつごろ》(午後十時)そっと忍んで行って勝手口から隙見して見ると、千賀春はずぶろくになって長火鉢にもたれて居眠っている」
「天の助けと……」
「天の助けと、這いよって、ゆすぶって見たが、へべれけで正体ねえ。……そっと引き倒しておいて、乳房のうしろへ、ズップリと一ト鍼。……ピクッと手足をふるわせたようだったが、もろくも、それなり。……引起してもとのように長火鉢にもたれさせ、ざまあ見ろ、思い知ったか、で、シコリの落ちたような気持になって、また裏口から飛び出した……」
ひょろ松は、急に顔を顰《しか》め、
「……ところで、妙なことがあります」
「ふむ」
「千賀春は、右手にも左手にも……撥なんざあ持っていなかったと言うんです」
「はてね」
「もちろん、自分は、そんな器用なことは出来なかった、やってしまうと急に浮きあし立って、長火鉢にもたれさせるのもやっとの思い、雲をふむような足どりで逃げ出しました……」
顎十郎は、トホンとした顔つきで天井を見あげていたが、急にひょろ松のほうへふりむくと、
「ときに、千賀春の死骸はまだそのままにしてあるだろうな」
ひょろ松は、上り框《がまち》から腰を浮かし、
「なにしろ、医者の診立てが早打肩。それに検死がすみましたもんですから、今朝の巳刻《よつどき》(午前十時)家主とほかに二人ばかり引き添って焼場へ持って行ってしまいました」
顎十郎は、立ち上ると、
「そいつは、いけねえ」
いきなり、ジンジン端折りをすると、いまにも駈け出しそうな勢いで
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