、やはり化かされましたろう。……だから、言わねえこっちゃアねえ。なにしろ、初午は魔日《まび》ですからな、ふッふ」
庄兵衛は、地団太を踏んで、
「うるさい、黙っておれというに」
顎十郎は、すました顔で、
「まあ、そう怒っても仕様がない……時に、叔父上、あなたが印籠を探していられるってことは、実は、私も知っているんです。……あなたは、落したときめこんで、しきりに戸外《おもて》ばかり探すが、私にすれば、どうも家の中にあるように思われてならないんですがねえ」
「なにをぬかす」
「……印籠がなくなったのが五日前で、万年青が枯れはじめたのがやはり五日前。……この二つの間に、なにかの関連があるのではねえのでしょうか。……ひとつ、この万年青を睨みつけて、じっくりとお考えなすってはどうです」
庄兵衛は、腹立ちまぎれの渋っ面で、腕を引っ組んで考えこんでいたが、やがて、膝を打って躍りあがり、
「うむ、読めた。……おい、阿古十郎、印籠はナ、この植木鉢の底に入っているんだぞ。……思うに、賊はこれを取りかえしに来て、一旦は、手に入れたが人の足音、というのは、……とりも直さず貴様の足音だったのじゃが、それに驚いて始末に窮し、そんなものを身につけて捕えられた場合の危険を察し、それを万年青の底へ隠した。……その際、たまたま覆蓋が外れて、鳳凰角の薬包が飛び出した。……こちらはそんなこととは知らないで、いつものように水をやったもんだから、毒薬が溶けて万年青を弱らせるようになった……水をやればやるだけ枯れる度合もひどかろうというもんじゃ。……いや、鉢底を改めて見なくともわかっておる。……どうだ、阿古十、貴様も追っては吟味方になろうというなら、この位の知慧を働かせなくてはいかん」
万年青を鉢から引き抜くと、果して、印籠はその底に潜んでいた。
庄兵衛老は、日本晴れの上機嫌で、自慢の鼻をうごめかし、
「ほら見ろ、この通りだ……どうだ、これ、どうだ、阿古十……なんと、恐れ入ったか」
顎十郎は、呆気にとられたような顔で、
「これは、どうも、恐れ入りました」
庄兵衛老は、鷹揚にうなずきながら、
「判りゃアそれでいい。……以来、あまり広言を吐くなよ。……時に、貴様、もう小遣が無くなったろう」
底本:「久生十蘭全集 4[#「4」はローマ数字、1−13−24]」三一書房
1970(昭和45)年3月31日第1版第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年12月11日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全7ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング