赤、黄で刺繍《ぬいとり》をした上衣を着、珈琲《キャフェ》色の薄い唇の上に見事な口髯をたくわえた、――つまり、疑いもなくコルシカの山地の人間だということは、その腰にぶっそうな匕首《プニャアレ》を帯びているのでもわかる。
 他の二人は東洋人と見受けられるが、チュニスとかモールとかそういう類ではない。もう少し遠方の人種であるというのは、このへんでは、そうざらに見掛けない顔立ちだからである。男の方は一見、十五六歳だが、地味な襟飾りなどをしているところを見ると二十五六歳にも見える。またしかつめらしく眉をひそめたりすると三十五六歳ぐらいに、時には五十歳ぐらいにも見えるのである。女子の方は十七八歳で、これは人種などというものから少し超越しているというのは、しゃくれた顎と低い鼻を持ち、波止場に落ちた石炭のような漆黒な眼を持っていて、これらの印象が、穴熊だとか狸だとかというものを連想させるからだ。この恐ろしく立派な外出着を着た令嬢が、まるで乾鱈《ほしだら》のようにやせた牛を一匹ひいて、ちょうど出勤時の取引所の雑踏のなかをそそと漫歩しながらやって来た。――犬ではない牛なんだ。
 そこで件《くだん》の乾物屋の店先で。
「これは、ま、卵みたいす。……一体なんの卵だろ」と、よろず、もの珍らしいコルシカ人がまず、こう声をかける。
 すると、その声を聞きつけて店のなかから飛んで出て来たのが、名代のマルセーユ人。
「旦那《ムッシュウ》、これは象の卵ですテ」
「あらま、これが象の卵ですの」
「さいス。これをネ、五日も抱いてるてえと、ちいちゃな象が生れて来るんですヨ。ちいさな鼻をヒョコ、ヒョコと動かしてサ。かあいいじゃありませんか。こいつを一つ十|法《フラン》で買ってさ、うまく育てりゃ、アンタ、何千法に売れようてんだ。ものはためし[#「ためし」に傍点]だ、一つお買いなさいヨ。コルシカに象がいるなんてのも乙《おつ》リキシャッポでサ」
「ま、面白《おもしろ》いこと」
 そこで、コルシカ人は考えた。十|法《フラン》が千法。いや悪くない。そこで三つばかし買って家《うち》へ帰った。そして、卵をかかえて寝込んでしまった。ちょうど三日目の朝、同郷人の赤土焼売《テラコッシェ》が心配して訪ねて来た。
「はて、患《わずら》ったかね」
「患ってるんじゃねえ、卵を孵《かえ》してる。象の卵を孵してる」
「これはしたり、ちょっく
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