うな声で、いう。
「お産婆さん、このかたたちはみな、あたしに元気をつけるために、来て下さったのです。こんなに大勢いて下すったら、ちっとも心配なことはありませんねえ。あたし、もう、恐いことはなくてよ。きっと頑張ってみせますわ」
「そうそう、その元気、その元気」
茜さんは、身体が衰弱していたので、なかなかの難産だった。陣痛のひどい頂上で、眼の中が白くなりかけ、産婆さんが、これは、と首を傾《かし》げたような瞬間もあったが、頑張って、とうとう怺《こら》え通した。
十一時過ぎになると、産婆さんが、
「どうか、そろそろ御用意を」と、いった。
これで、百姓家の中が、にわかに色めき立った。キャラコさんが、湯柄杓《ゆびしゃく》を持ったまま、勝手口を出たり入ったりした。鮎子さんたちは、土間の暗いところにひとかたまりになって、互いにギュッと手を握り合いながら、切迫詰まったような顔をしていた。長六閣下は、立ったり坐ったりしながら、うむ、これは困った困った、と、いった。御母堂だけは、茜さんの手をしっかりと握って、
「さア、しっかり、しっかり。なんだ、こんなことぐらいで」
と、しきりに、元気をつけていた。
産室のほうから、それこそ、天地を突き破るかと思われるような、力みのある産声が聞えて来た。
「おぎゃあ」
みなが、われともなく、諸声で、わア、と、声を上げた。
「お生まれになりましたよッ、立派な男のお子さんです!」
感極まったようになって、みなが、パチパチと手を拍いた。キャラコさんも、やんちゃなお嬢さんたちも、みな、涙ぐんでいた。
除夜の鐘が鳴り出した。新しい年が来た。
底本:「久生十蘭全集 7[#「7」はローマ数字、1−13−27]」三一書房
1970(昭和45)年5月31日第1版第1刷発行
1978(昭和53)年1月31日第1版第3刷発行
初出:「新青年」博文館
1939(昭和14)年12月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2008年12月7日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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