そこで、くるりと廻れ右をして、白髪頭《しらがあたま》を二つ並べながら、また戻って来る。
「ピエールが、あのお嬢さんを好きになったらどうします」
「ありそうなこったね。……白状するが、わしもあのお嬢さんがだいすきだ」
「そんなことは、聞かなくってもわかっています。あなたの日本|心酔《しんすい》は並大抵じゃないんだから。……しかし、それは、あなたの趣味だけのことでしょう。ともかく、そんなことのために、不幸な人間をひとりこしらえあげることは、あたしは反対です」
 アマンドさんが、びっくりしたように立ちどまる。
「だれが、不幸になるというんだね」
「いわなくてもわかっているでしょう。レエヌです。……なるほどレエヌにはすこし気ままなところがありますが、それはそれとして、むかしならいざ知らず、今じゃ、あんなやくざな兄しかいない日本なんかで、ピエールにすてられでもしたら、あの娘は、いったいぜんたいどんなことになると思うんです」
「ピエールが、そんなことをいったのか」
「いいえ。……でも、ピエールがいまなにを考えているか、あたしにはよくわかっています。……あのお嬢さんを見る眼つきをごらんなさい」
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