はその証拠だとかんがえていたのである。途方に暮れて、その顔をぼんやり見あげていると、山下氏がいかめしい声で、いった。
「寝るなら、どこかほかのところへ行って寝てください」
 キャラコさんの心臓が瞬間、キュッとちぢこまった。が、すぐ元気をとりなおして、しっかりした声でききかえした。
「あたし、出て行かなくてはなりませんの」
 山下氏は超然とした眼つきで、黙ってキャラコさんの顔を見つめている。
 ……それは、いまいったばかりだ。
 キャラコさんは、蚊の鳴くような声で、つぶやいた。
「……あたし、ここにいたいのですけど」
 対等でものをいうつもりなのだが、いつのまにか哀願するような調子になっているのが情けなかった。
 山下氏が、詰問《きつもん》するような口調でたずねた。
「なんのために?」
 キャラコさんは、できるだけまっすぐに胸をはると、
「あたし、あなたがたのお手伝いをしたいのです。……力のつく食物をこしらえてあげたり、女でなければできないような細かいことをしてあげたいと思って、それで……」
「たいへん、有難いですが、見ず知らずのあなたに、そんなことをしていただくいわれはない。だいいち、
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