――」
「やッつけろ――イ」
 梓さんは身体をかがめると、銀色に光るスロープにあざやかなシュプールをひきながら、一団の雪煙りになって弾丸のように滑降して行った。キャラコさんは、ちょっと心配そうな顔つきで眺めていたが、梓さんがみごとなフォームで制止したのを見届けると、スラロームを描きながらゆっくりと降りて行った。

 毎年の例では、大姉さまの朱実さんか森川夫人が、お転婆《てんば》さんたちの世話やきと監督にやってくるのだが、今年は、長兄と次兄が二人ながら戦地へ行っているのと、朱実さんのお嫁入りがちかづいたのとで、とてもこんなところへ来ていられない。
 こういう場合には、いつもキャラコさんに白箭《しらは》の矢がたつ。
 森川氏も森川夫人も、二人ながら熱心な長六閣下の帰依者だが、それと同時に、沈着で聡明な長六閣下の末娘にも絶対の信頼をおいている。キャラコさんにさえ任せておけば、どんな心配もいらないのである。手に負えない梓さんたちの組も、この小さな先輩をこころから好いて、『常識《コンモン》さん』のいうことならなんでもきく。
 川奈の国際観光ホテルで、あんな思いがけないことがあった翌々日、東京の森川夫人から電話がかかってきた。
「でも、父はどういうでしょうかしら」
「ええ、それは、もう、ちゃんとお願いずみなの。……新聞記者がつめかけてきてたいへんだから、東京へ帰らずに、まっすぐそちらにいらっしゃいって。……ね、剛子《つよこ》さん、お願いしてよ」
「あのひとたち、とても、あたしの手に負《お》えませんの。……でも、そんなにおっしゃるんでしたら、お引き受けしてよ」
 あまり物事に動じないキャラコさんが手に負えないというくらいだから、その連中のやんちゃぶりはたいてい察しられる。しかし、キャラコさんは、梓さんたちの組がだいすきだ。すこし、贅沢に馴らされているようなところもあるが、どの娘もおおまかで、ものごとにこだわらず、自分のしたいと思う通りを精一杯に振る舞う。単純で、快活で、健康で、見るからに気持がいい。
 おしゃまのユキ坊や、詩人の芳衛《よしえ》さん、画の上手なトクさん、陽気なピロちゃん、チビの鮎子さん……、それぞれ、みな個性のはっきりした、溌剌たるお嬢さんたちだ。
 梓さんのほうは、すこし浪曼的《ロマンチック》で、自分の気に入ったことなら、なんでもすぐ夢中になってしまうという欠点が
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