んの。……それも、あまりそんな顔をばかりしていると馬鹿だと思われるから、時々、何か気のきいたことをいわなくてはならないことになっていますの。……ずいぶん、たいへんでしょう? あなた、これについて、どうお考えになって?……すくなくとも、あまり楽でないことだけはおわかりになるでしょう?」
『恋人』は、いくどもうなずいてから、だしぬけに質問した。
「あなたは、結婚についてどんな考えを持っていられますか。結婚なさりたいですか」
キャラコさんは、顔を輝かせて、
「ええ、結婚したいわ。……なぜって、あたし、子供がだいすきなんですもの。立派な子供を産むのがあたしの理想なのよ」
窓の外で、剛子《つよこ》、と呼ぶ声がする。沼間《ぬま》夫人だ。沼間夫人は社交室に『キャラコさんの恋人』がいるので、嫌がってはいってこないのだ。
キャラコさんはあわてて出ていった。
窓のそとで、沼間夫人が、キャラコさんが槇子たちのお伴をして行かなかったことと、汚いやつと話していることをくどくどと叱りつけている。小さな声でいっているつもりなのだろうが、沼間夫人の声は甲声《かんごえ》だから、つつぬけに社交室までとどくのである。
キャラコさんがもどって来ると、『恋人』が、いった。
「叱られましたね」
キャラコさんは、首をふって、
「いいえ、叔母はあたしを叱ったりしませんわ。たいへん親切よ」
『恋人』は、底意地の悪い笑い方をしながら、
「ほほう」
キャラコさんは、優しく抗議する。
「なぜ、ほほう、なんておっしゃるの。叔母はすこし口やかましいけど、でも、嫁入りざかりの娘が三人もいたら、優しくばかりはしていられませんわ」
「なるほど。……何だか、わたくしの話も出たようでしたね」
キャラコさんが、正直にいう。
「じぶんの名を隠しているようなひとと親しくしてはいけないと、いいましたの」
『恋人』はうつむいていたが、急に顔をあげると、ぶっきら棒な口調で、いった。
「そんなことなら、わけはない。……叔母さんに、わたくしは山本というものだといって下さい」
「ご商売は?」
『恋人』は、考えてから、陰気な声でこたえた。
「手相術師《パルミスト》……、手相を見ます」
五
次の日、晩餐《ディナー》の時間になっても、槇子《まきこ》がなかなか帰って来ない。時計は、もう、七時をうちかけている。
キャラコさんは、食
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