はわからない。
「それも、まだ手つかずですわ。叔母さまのお伴だから、お金なんかちっともいらないの」
「では、あいつ、小遣いもくれるのか」
「いいえ。……だって、あたし、持っていますもの」
「お菓子を喰べにゆくとき、誰れが払うの」
「お菓子なんか、喰べに行きませんわ」
秋作氏は、あきれてキャラコさんを見つめる。
「ここへ来てから、まだ一度も?」
「和爾《わに》さんたちに招待されたとき、たった一度」
「それで?」
「それで、って?」
「何かほしいものがある時はどうするんだ」
「ほしいものなんか、何もありませんわ」
「ふむ、それで、その三円がいままでちゃんと残っているんだね」
「ええ、そうよ。……自分のたのしみに使うのに、三円なんてお小遣いをいただいたのはこれが始めてなの。だから、どう使っていいかわからないの」
長六閣下の子女教育がこんなに行き届いたものだとは、さすがに今日まで知らなかった。きまった恩給だけでやってゆくにはこういう方針をとるのもやむを得ぬことなのであろう。今となってみれば、一年に一度のクリスマスに、あんな役にも立たぬとぼけた贈物《おくりもの》をしたことが悔《くや》まれる。こうと知っていたら、お小遣いをやって喜ばせることもできたのに。
秋作氏は、また誤解した。長六閣下がやろうといっても、キャラコさんは受け取らない。楽しみのための金の使い方というものを、キャラコさんはまるっきり知らないのである。
秋作氏は、財布から三十円だけぬきだしながら、
「そうだ、その三円は使わずにとって置くほうがいい。そのかわり、秋作がこれだけやるから、これで、みなと一緒に遊びなさい」
(秋作氏は、あたしがけちなんだと思っている)
キャラコさんは、すこし真面目な顔つきになる。
「有難う。……でも、それいらないの。欲しい時があったらくださいっていいますわ。きっといいますから、今日はいらないの。……じゃ、本当のことをいいますけど、あたし、なぜマキちゃんたちの組と一緒にお茶を飲みに行かないかといえば、お菓子なんかにお金を使うのはいやだし、親でも兄弟でもないひとに払わせるってこともあまり気にいらないからなの。……わかるでしょう? マキちゃんたら、いつもワニさんや越智《おち》さんやアシ君に払わせるの。いちどだって自分で払ったことないの。だから、あたし、行かないのよ」
秋作氏は、妙な咳ば
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