もで、社交室にい合わせないひとたちが片っ端から槍玉にあげられる。誰れかちょっと座を立ってゆくと、すぐそのひとの品評にうつり、今までひとの噂をしていたそのひとが、こんどはさんざんにやっつけられる。まるで、このホテルのほかに世界がないように、互いに鵜《う》の目|鷹《たか》の目で他人を見張っている。
巧妙なあてこすりもあれば、洗練された皮肉もある。ちょっと聞くと、たいへん褒《ほ》めているようで、そのじつ、ちゃんと毒のある中傷になっているのだから油断も隙もあったものじゃない。この連中にかかったら、どんなに隠しておきたいことでも、遠慮|会釈《えしゃく》なくあかるみへひき出され、なん倍かに引きのばされ、拡声機にかけてホテルの隅々《すみずみ》にまで吹聴されてしまう。
剛子がこのホテルへきてから、今日でちょうど半月になる。こんな贅沢なホテルでぶらぶらしていられる身分でもなければ、また、たいして好きでもない。叔母の沼間《ぬま》夫人がしつこくすすめるのでしょうことなしにやってきた。
だいいち、それが妙でしょうがない。日ごろは、こんな親切な叔母ではないのである。むしろ、意地悪だといった方が早いだろう。それも相当渋いもので、眼にたつ意地悪をするのではない。思いもかけぬようなところでピリッと辛いのである。こういう複雑なやりかたもあるものかと、そのつど、剛子はあっけにとられる。
なにしろ、打算にたけた叔母のことだから、どうせ、なにか相当の理由がなくてはならぬはずだ。なかなか、二人の娘のひきたて役ぐらいのところではなかろうとおもわれる。
考えてもわかりそうもないことだし、生れつき屈託のないたちだから、あまり深いせんさくはしないことにしている。なにか自分の信念に反するようなことでもおしつけられたら、その時はそれに相当した態度をとればいい。つつましくは暮らしてきたが、そういう場合にとるべき態度だけはちゃんと教えられている。
剛子は、もう一時間もこうしてひとりでサン・ルームの竜舌蘭《りゅうぜつらん》のそばにかけている。
ここへはだれもやってこないし、窓からは陽がさしこむし、居心地の悪いことはないのだが、どうにも退屈でやりきれなくなってきた。なにもしないでいるというのは、なんという厄介《やっかい》なことだろう。
もっとも、これは今日に始まったことではない。ここへきてもう二日目にすっかり
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