二人で食堂へはいってきたとき、沼間の一族もそこにいた。しかし、槇子は、この二人づれを見てもなんの反応も示さなかったし、秋作氏のほうもチラリと見かえったきりで、一向顔色も動かさずにずんずん奥のテーブルのほうへ行ってしまった。二人ながらあまりさっぱりしているので、キャラコのほうがかえって驚いたくらいだった。
 秋作氏は、もう四五年、長六閣下のところへやって来ないが、毎年クリスマスになると、かならず、とぼけた玩具《おもちゃ》や小さな人形をキャラコさんに送ってよこした。みな粗末なものだったけれども、キャラコさんはうれしかった。長六閣下も、あまり気立てが優《やさ》しすぎる、しょせん、軍人にはなれんやつじゃ、といっている。その秋作氏としては、ちと、どうかと思うやりかたなのである。
 秋作氏が、やっと身動きする。のびをして、もの臭《ぐさ》そうに椅子から立ちあがった。
 静かにしていたので、ここにキャラコがいることに気がつかなかったらしい。びっくりしたように、遠くからまじまじと眺めてから、大股で歩いて来てキャラコさんの前に突ったった。
(秋作氏は美しいな)
 下から仰ぎながら、キャラコさんは、そう思う。
 秋作氏は今年三十三になる。スラリとした美しいフォルム。喰いつきたいほど形のいい腰。切れの長い鋭い眼。顔は浅黒くひきしまっていて、いかにも理智的な、俊敏な風貌だ。
「おい、どうしてこんなところにいる」
「あたし、ひとりのほうがいい」
「妙なやつだな。みなお茶を飲みに行ったぞ」
「お茶なんか、飲みたくない。……誰もいなくなったら、ひとりでピアノをひいて遊ぶつもりなの」
「ふうん、では、おれの出て行くのを待ってたのか」
 キャラコさんは、正直なところを、いう。
「ええ、そうなの」
 秋作氏は、てらい気のない、素直なこの従妹《いとこ》がだいすきだった。小さい時から、親切で、謙譲《ひかえめ》で、誰からでも愛される不思議な徳を持っていた。ほかの子供なら、ずいぶん憎らしくきこえそうなことでも、この娘がいうと妙に愛嬌になるのだった。
 誰をも好き、誰にでも愛想がいいが、そのくせ、粗忽《そこつ》に知己をつくらぬしっかりしたところがあり、理解力と感受性が豊かで、どんな物事に対しても妥当な判断を誤まらず、何に対しても極めて穏健な意見をはいた。女学校時代には『常識《コンモン》さん』という綽名《あだな》を
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