う」
「それを言ったら、留守番なんかしてくれないでしょ。そこは掛引よ。それで、久慈さんのお宅、なにか盗《と》られたの」
「なにも、盗られなかったふうよ。久慈さんのお宅って、どのへん?」
「知っているでしょう? いぜん、神月《こうづき》の別荘だった家」
「ああ、そう……神月さん、あの家を売って、東京へ越したんでしたわね」
「それを買ったのは帝銀の沢村さんで、そのあとが、いまの久慈さん」
「神月さんの代には、夏のあいだ、女のひとが大ぜい出入りして、にぎやかな家だったわ」
 叔母は、気のない調子で、つぶやいた。
「神月ってのは、手もとに、いつも女をひきつけておかないと、落着けないという男だった……家のつくりにしてからが、そうなの。女たちが忍んで来れるように、みょうなところへ木戸をつけたりして……あれじゃ、空巣だって、はいるだろうさ」
 叔母は、なにか考えているふうだったが、だしぬけにたずねた。
「あなた、いま、どんな生活をしている?」
 他人のことには、いっさい無関心な叔母が、こんなことを言いだすのは、あやしい。
「あたしに、生活なんてもの、ないみたい……一日一日が、ぼんやりと過ぎていくだけ
前へ 次へ
全278ページ中39ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング