うでも言ってみるほかはなかった。
「お見それ、ってことはないでしょう。まいにち、おあいしているわ」
ダスター・コートが、冷淡にはねかえした。
「おねえさん、皮肉なことをおっしゃらないで……話ってのは、ショバのことなんです」
泣きだしたりしたら、コナゴナにされてしまう。サト子は平気みたいな顔で言い返してやった。
「あら、そんなことなの?」
「なんて、おっしゃいますけど、あたしたちにしちゃ、死活問題なんです……当節、横須賀では、やっていけないから、鎌倉でショバをとりたいと思うのは、無理でしょうか、おねえさん」
若いのが、横あいから切りつけた。
「ショバ代は、きまりでよろしいんでしょうか。はっきりしていただくほうが、ありがたいんですけど……」
秋川の親子は、池のほうを見ながら、重っくるしい表情でお茶を飲んでいる。とんだ女をお茶に誘ったもんだ……秋川親子は、つくづくと後悔し、けがらわしい思いで悚《すく》みあがっているのだろう。
愛一郎の父が未来の舅《しゅうと》だったり、愛一郎にすこしでもよく思われたいなどと考えているのだったら、この場面は身も世もない辛《つら》いものになったにちがいない……が、そうではないので、まだしも助かる。
サト子は、あわれな微笑をうかべながら、
「おっしゃること、よく、わからないんですけど……だれかと、間違えているんじゃないかしら」
ダスター・コートが、甘ったれるような含み声で、からみついてきた。
「なら、池のそばまで出てくださいません? わかるように、お話ししますわ」
池のそばではじまる光景を想像して、サト子は、ぞっとした。
「けっこうよ。話なら、ここでうかがうわ」
やせすぎの女が、赤い唇をパクパクさせて、脅かしにかかった。
「それじゃ、おためになりませんけど」
愛一郎の父が、なにごともなかったような顔で、サト子にたずねた。
「あなた、まだ陶磁をごらんになる?」
「いいえ、こんどの上りで東京へ帰ります」
「われわれも、間もなく帰りますが、これから扇ヶ谷の家へ遊びにおいでになりませんか。荒れたままになっていますが」
そして、撫でさする目つきで、息子のほうをみた。
「これも、切に希望しているようですから……」
迷惑な話だが、なんとかこの場を糊塗《こと》してやるほか、おさめようがないと考えたらしい。愛一郎の父は、サト子をショウバイニ
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