と思って、きょうまで、ひと言も言いませんでした」
「それは、さっき秋川さんから伺いました」
「私は鉱山の仕事に嫌気がさして、親父のやっていた、清浄野菜つくりに商売替えした人間です……あなたに渡して、一日も早く身軽になりたかったが、それでは、重荷をあなたの肩へ移すだけだと思って、今日まで辛抱していましたが、だいたい、むずかしいところは切抜けたようだから、これからは、あなたがやってください……一ドルで買ったものだから、三百六十円でお売りします」
広い芝生の庭に、うらうらと春の日が照り、白いエプロンをかけたメードたちが、派手な日除の下へバースデイ・ケーキや飲物を運んでいる。
どのみち、手にあうようなことではないのだ。ウラニウムのことなど、どうでもよくなり、サト子は、庭へ出て愛一郎や暁子と遊びたくなった。
「むずかしいところを切抜けたとおっしゃったようだけど、むずかしいってのは、どういうことだったんでしょう?」
「去年の七月ごろから、日本の天然ウラニウムに外国人が急に興味をしめすようになって、『二三八』しか出ない石山同然のものを三万ドルで買うというんです……間もなく、その訳がわかった……去年の三月に、ビキニで実験したウラニウム爆弾は、世界中、どこの原子炉ででも簡単に生産できる『二三八』を使ったものでした。それが日本のどこかへ落ちたとすると、三分の二以上の地域を、少なくとも三カ月の間、死の灰で蔽《おお》ってしまうから、あなたも私も……その区域にいる日本人は、どうしたって、ひとりも助からない……あの連中が買いつけにかかったのは、鉱石ではなくて鉱業権なので、じぶんらでしっかりとおさえておいて、将来、必要なときが来ても、日本人に手が出せないようにしようということだった……苗木の谷の鉱山は、こういう性質のものだと思ってください」
サト子はおかしくなって笑いだした。
「あたしは三百六十円払って、火薬庫の番人になるわけなのね」
秋川がサト子のそばへ来た。
「火薬庫の番人だから、盗まれたり火を出したりしないようにしっかりやってくれる、信用のおけるひとでなくちゃならないわけですね」
愛一郎がドアをあけて顔をだした。
「パパ、まだですか? サト子さん、お借りして、いいでしょうか」
「いいとも」
サト子はいそいそと椅子から立上ると、愛一郎と腕を組んで庭へはねだした。
日除の下のテー
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