通いになるにしても、西荻窪から中央線で東京へ出るより、あちらのほうがずっと便利です……もし、いつまでも住んでくださるんだったら、これはもう、ねがってもないことですが……」
 秋川が遠まわしにプロポーズしていることは、もちろんサト子も察したが、
「ありがたいんですけど、植木たちに別れるのがつらいから、やはり荻窪にいますわ」
 と言いつくろっておいた。
 秋川は、そんなことなら……と事もなげに笑っていたが、サト子を北鎌倉の家にひきつけるために、植木溜の植木をそっくりそこの家の庭へ移すことを、そのときもう考えていたのかも知れない……
 愛一郎と暁子が鎌倉の駅口に迎えにきていた。サト子に合図をすると、愛一郎は小学生のように暁子と手をひきあいながら、車のほうへ駆けて行った。
 愛一郎が操縦席におさまると、暁子はすっきりした地色の訪問着の袖を庇いながら、
「あたくし、助手」
 と愛一郎のとなりのシートに辷りこんだ。
「ゆうべおそく、秋川さんから電報を頂いたんですけど」
 愛一郎は、スターターを押しながら、
「きょうは公式の会合があるはずなんです」
 と、こたえた。思いついて、サト子がたずねた。
「というと、おふたりの婚約のお披露?」
「いいえ……それは、またいずれ……」
 暁子があどけないくらいな口調で言った。
「きょうは愛一郎さんのお誕生日なの……そして、あたくしの誕生日」
 去年の冬、袱紗包みを持ってたずねてきたときは、枯葉のように萎《しお》れていたが、きょうは咲きほころびた春の花のように生々としていた。
「秋川のおじさまとおばさまも、そうだったんですって。暁子、とってもうれしいの」
 愛一郎と暁子が婚約しかけていることは、秋川から聞いていた。
 四苦八苦の恋愛をして、ゴールに辿りつくのも味があるが、波風をたてずに、おっとりと結びついた姿も好もしいものだ。操縦席で肩を寄せあっているふたりを見ながら、秋川のプロポーズを受入れれば、その日から、このひとたちは、じぶんの子供になるのだと思うと、うれしいような不安なような気持になった。
 坂道をうねりあがって行くと、苔《こけ》さびた陰気な石の門が、唐草模様《アラベスク》の透かしのあるしゃれた鉄の門に変っている。
 おどろに葎《むぐら》のしげっていた、前庭の花圃《かほ》が取払われ、秋川夫人の遺品《かたみ》を置いてあった部屋は、翼屋の一
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