らしいが、西ドイツからグラス・ファイバーを輸入している会社が、おなじころ、大仕掛けな宣伝をはじめるので、素質のいいモデルがあちらこちらでとりあいになっている、というようなことだった。
「グラス・ファイバーのほうは、山岸カオルというひとがマネージしているんだそうだけど、あなたのほうにも、なにか話があったでしょう」
あったと言えばいいのか、なかったと言えばいいのか、とっさに判断しかねたが、なにも、いちいち本当のことを言う必要がないと思って、どちらともとれるような返事をしておいた。
天城は、ファイルから和文と英文の契約書を二通とりだすと、英文のほうを手もとにとめ、邦文タイプで打ったほうをサト子の鼻先につきつけた。
契約書には、六十日の契約で、ギャラの日立《ひだて》は、内地が三千円。外地は、ほかに、一日、二千円の外地手当のようなものがつき、交通、宿泊、アクセサリー、靴、すべて会社持ち……往復とも旅客機で、契約と同時に、三万円前渡しすると書いてあった。
「どお? グラス・ファイバーより、条件がいいでしょう?」
そう言うと、奥の三人のほうへ振り返って、
「あのひとたちも、むこうを蹴って、こっちへ契約したわ」
神月のほうはどういう話なのか、聞いていないからわからないが、契約書に書いてあるかぎりでは、一流のファッション・モデルより、はるかにいい条件になっているうえに、三万円の前渡しは、サト子にとっても、ちょっと抵抗できないような魅力があった。
天城は、手もとにとめていた英文タイプのほうを、押してよこしながら、
「サインなさるといいわ。前渡金《アドヴァンス》をお渡ししますから……英文のほうは、ローマ字で」
サト子は、なんということもなく、英文の契約書を手にとってみた。
サト子の女学校時代は、戦争も、とりわけひどい時期で、英語どころか、国語さえ満足に勉強をしたことがなかった。初年級のリーダー程度ならともかく、ぬきさしのならない商用英語で綴った契約書など、読めようわけはない。
サト子はあきらめて、ペンを借りてサインをしかけたが、そのとき、あなたは、これから、えらいやつに独力でたちむかうことになるといった、いつかの中村の言葉が、天の声のように耳のそばで鳴りひびいた。
つづいて、いままで思いだしたこともなかったある情景が、ふいに、こころにうかんだ。
この春ごろ、いつもの
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