とまらないみたい」
「あたし、どうせ、おしゃべりよ……あれは、日本画か、お茶のお稽古《けいこ》をしているひとなのね……パアッとした色目の友禅の着物に、木型《きがた》にはめたような白足袋をキチンとはいて、ごめんください、なんて言いながら、すらすらはいってくるの……昭和のはじめごろのような、時代な着付なんだけど、それが、なんともいえないほどシックなの……あまり、すばらしいんで、キャッと言っちゃったわ」
「そんなお嬢さま、おちかづきがなかったわ。なんとおっしゃる方?」
「久慈って言っていたわ」
久慈暁子というのは、鎌倉の警察へおしかけて行って、偽証までして愛一郎を庇ったという、あの突飛な娘だった。愛一郎や中村から聞いて、ようすは知っているが、どう考えても、縁のなさそうなひとが、なんのつもりで、そうもしげしげと訪ねて来るのか、サト子には理解できなかった。
「サト子さん、やさしいみたいだけど、こわいところもあるのね……おねがい、会ってあげて……追い帰したりしちゃ、かあいそうよ。いいでしょ、ここへお連れするわね」
「ちょっと待って」
いぜん、この部屋に住んでいた女たちの落書のあとは、ペンキで上手に塗りこめてあるが、ベッド・カヴァーのあやしげな汚染《しみ》にも、壁にニジリつけた煙草の焼けあとにも、隠そうにも隠せない自堕落な生活のあとが、そのままに残っている。
「お会いしたいけど、ここじゃ、困るわ」
八重は、気やすくうなずいて、
「あたしの部屋でよかったら、お使いなさい。ご案内しておくわ。すぐ来るわね」
そう言うと、スリッパを鳴らしながら階下へ降りて行った。
八重の部屋になっている庭に向いた六畳へ行くと、八重と笑いながら話していた、あどけないくらいのひとが、居なりにこちらへ振り返って、大きな目でサト子を見た。
「想像していたとおりの方だったわ」
八重が、名残りおしそうに立って行くと、暁子は、サト子が坐るのも待たずに、
「あたくし、暁子……どんなにお目にかかりたかったかしれないの」
と、甘えるような口調で、言った。
「ごめんなさい。知らなかったもんだから」
「そんなこと、なんでもないわ。あたくしの家、木挽町……歩いたって十五分よ。お会いできるまで、いくどでも来るつもりでしたの」
「そういうことだったら、ちょっと書き置いていってくださればよかった」
暁子は、首をかしげて
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