動かさなかった。
 カオルは、おひゃらかすように、女たちに言った。
「あなたたち、曽根さんに扱われているんじゃないかしら。曽根さんは、ウィルソンのアミだってことだけど、このひとが知らないんじゃ、ほかの人間が知っていようわけがないでしょう。おかしな話だわ」
 曽根は、なんの苦もないようすで、
「アミというのは、メカケってことですか。あいかわらず、お察しのいいことで……あたしがウィルソンのアミだなんて、誰からお聞きになった?」
 と、なよなよと問いかえした。
「あなたのお嫌いな中村から……」
 と、カオルがつっぱねた。
「ジャッキーなんていって恍《とぼ》けている、ウィルソンという男は、もとGHQの保健福祉局で、つまらない仕事をやっていたけど、じつは、陸軍省とかの情報少佐で、すごい権力のバックをもっている、軍人官僚のピカ一なんだって……中村が調べあげたんだから、これは、まちがいのないところなんでしょう」
 曽根は、おどろいたように目を見はって、
「ひとは見かけによらないものね。あのジイちゃん、そんなえらいひとだとは、思いもしなかったわ」
「中村も、そう言っていたわ……あの家にしてからが、そうなのよ。固いうえにも固い、官僚のコチコチが、第三国人の闇商人が住むようなバカでかい家に住んで、不良外人ぶって、密輸入の真似をしたり、ほしくもない女を囲ったりするのは、なんのためなんでしょう? ごぞんじならおしえていただきたいもんだわ」
「政治の話ですか? あたしどもには、政治のことは、さっぱり……あなたは、ナチの大立物だった、パーマーのアミだということだから、そんなほうは、おくわしくっていらっしゃるんでしょうけど……パーマーというひとは、西ドイツから、特殊兵器の売込みにきているなんて言っているけど……」
「特殊兵器どころか、光学機械だの、グラス・ファイバーだの、アセテートだの、いろいろよ。なんだかしらないけど、ゴッタに持ちこんで、汗をかきかき商売をしているわ」
「あたしが聞いたところでは、そのへんのところが、ちょっとちがうようなんですけど……西ドイツだなんて言ってるけど、ドイツもずうっと東寄りの、ソヴエットに近いほうに籍があるんだって。横浜《はま》の外人たちは、ソヴエットの経済スパイだろう、なんて言っていますわ……さっきのウラニウムのことですけど、輸出禁止の法律がないのをいいことにして
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