、なるほど大きな店だが、保証金が二万円いるというので、問題にもなにもならなかった。
シヅは、アメリカ・ビニロンのファッション・モデルに紹介すると言いだしたが、気がないので、サト子は断った。ガード下の小さな中華料理でつつましい夕食をし、二人で映画を見て、遅く帰った。
翌朝、まだ寝ているうちに、アパートの差配に起された。
「電報がきていますよ」
シアトル発信のラジオ電報だった。西荻窪の植木屋の気付で、宛名は、ミナカミサトコとなっている。シアトルでうった日付は、十月二十五日……すこし遅すぎるようだった。
「これは、いつ来たの?」
「昨日の夕方、坂田とかいうひとから、預ったんですがね」
坂田というと、坂田青年のことだろうが、どうして、ここにいることがわかったのか、ふしぎだった。
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八ヒアサ ヒカワマルデ ヨコハマニツク ニユウグランドニテアイタシ アリエ
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アリエ、アリエ……と口のなかでくりかえしているうちに、アメリカの北西部で、祖父が、有江というひとと共同で、鉱山の仕事をやっているという消息があったのを、思いだした。
戦後、四年目ぐらいに、祖父が弱りきって日本へ帰ってきたが、長女なる叔母は、劬《いた》わることもせずに、父を、すげなく郷里へ追いやってしまった。しょうことなく、祖父がまたアメリカへ舞い戻ってから、その話を聞いて、ひどい叔母のやりかたに、サト子は、頭に血がのぼるほど、腹をたてたものだった。
祖父は、むごい扱いをされた、娘の顔を見る気もないのらしい。水上といわずに、有江の名で電報をよこしたのは、鎌倉の叔母に知らすなという意味なのだと、サト子は判断した。
お祖父ちゃんが帰ってくる……そう思ったとたん、いいようのない、なつかしい思いが、胸にあふれ、じっと部屋に落着いていられなくなった。サト子は電報を手に持って、シヅの部屋へ駆けこむと、食事の支度をしているシヅに、いきなり抱きついた。
「あたし、やはり、ここにいられなくなったわ……おシヅちゃん、あたしのお祖父さん、おぼえているかしら?」
「忘れるわけないわ。どんなに可愛がっていただいたか! チビや、チビやって」
「お祖父さん、この八日に、アメリカから帰ってくるのよ。これが、その電報なの」
気持がはずんでき、終りは、筒抜けたような声になった。
「生きて会えると
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