い》ちゃん子なので、ショックを受けると困るから、死んだことは、まだ話さずにありますが、そんなことを聞いたら、さぞ嘆くこってしょう。因果な話ですわ。そうまで嫌われるというのは」
「水上氏は、お孫さんを愛していられました……嫌っていたのは、ほかの方だったようです」
「それは、あたしなのね? だから、あたしには遺産を残さなかった……これくらい簡単明瞭な話も、ないもんだわ」
問題の核心を、由良はそんなふうにヤンワリと突いた。なるほど、こういう触《さわ》り方もあるものだと、芳夫が由良の横顔をながめているうちに、由良は、つづけた。
「父は、私に遺産を残したくないのだが、日本の遺産法では、どうしたって私の手に入るようになっているから、そんなヤヤコシイ方法で、あなたがサト子の代襲相続をなすった……」
坂田が、けげんな顔でたずねかえした。
「ダイシュウ……とは、なんのことです」
芳夫は、説き聞かせるの調子で、
「あなたが、サト子さんの代理になって、水上氏の遺産を相続したことをいうのです」
底のはいった渋い声で、坂田は、キッパリとはねつけた。
「手紙に、どうあろうと、相続なんかしたんじゃない、買ったのだ。なにを考えていらっしゃるのか知らないが、十三億の遺産なんか、現実には、存在しないものなんです」
「アメリカの原子力委員会で、確度十分と折紙をつけたと聞いていますが」
ボーイが、食事を出してもいいかと聞きにきて、ついでに、卓上灯のスイッチをひねった。その光で、磨《すり》ガラスの花瓶のなかに仕込んだスタンド付きの小さなマイクが、シルエットになってクッキリと浮きあがった。
「確度は十分さ。そうあったらという、仮定においてね……ところでウラニウムというやつは……」
そこまで言いかけたとき、坂田は花瓶のマイクのシルエットに気がついて、口をつぐんだ。
卓上灯のそれと見せかけてあるコードのゆくえを、目でたどっていたが、椅子から立つと、坂田は容赦のない顔になって、脇卓のテーブル・クロースをひきめくった。
「テープ・レコーダーか……」
皮肉な微笑をうかべながら、レコーダーと二人の顔を見くらべてから、ツイと手をのばして、スイッチをあけた。
由良と芳夫の会話のつづきが、ショパンの『雨だれ』のメロディに乗って、無類のあざやかさで流れだしてきた。
(おやじは、何十回となく、くりかえして聞く……
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