、着たくないもんだ……十三億をこっちへ取ろうというのは、それは、サト子さんの正当な権利だから……そのあとで、おやじとあなたが、どういう分配をするのか知らないが、私は、サト子さんだけのために、やっているつもりなんです」
「サト子だけのために? 結構でしょうとも……どのみち、あなたところへ嫁くんだ。どんなに力を入れたって、損にはならないわねえ。三百五十万ドルという、金《きん》の裏打がしてあるひとなんだから」
 由良はバカにしきった顔で、突き放すようなことを言った。芳夫はテーブルに頬杖《ほおづえ》をつきながら、ふむと鼻を鳴らした。
「それとも、ちがうようだ……金《かね》は、ほしくないことはないけど、われわれは、おばさまたちのように、ガツガツしちゃいないんですよ」
「あなたが、サト子を好きだってことは、あたしも知っているわ」
「また、ちがった……われわれの年代は、あなたが考えているほど、惚れっぽくない……むかし、夏の鎌倉で、おばさまたちがやったように、あっちこちで、簡単にベタベタくっつくようなことはしないんですよ」
「すると、あなたの目的はなんなの?」
 芳夫は、心のありかを隠そうというように、曖昧な表情をつくりながら、
「正直なところ、じぶんにも、よくわからないんですがねえ、なにか真剣になって打込むものがないと、私のような男は、すぐ堕落してしまうから、そんな精神で、やっているのでは、ないのでしょうか。つまりは、サト子さんのためでも金のためでもない。エゴイズムといったようなもの……」
 由良は欠伸《あくび》をしながら、壁の電気時計を見あげた。
「おしゃべりは、これくらいにしておきましょう。約束は何時なの?」
「四時です」
「自信がありそうなことを言っているけど、あてになる話なのかしら」
「西荻窪へ、アメリカから、また手紙が来ていました。届けてやると言って、預ってきましたが……」
 由良が椅子から身体を乗りだした。
「この前の手紙のつづき、といったようなものなの?」
「水上氏の遺言に立会った、二人の証人のうちのひとり……シアトルの有江曽太郎というひとの手紙なんですが、おばさまとしては、聞きにくいところがあるかもしれない……本来なら、長女のところへ行くはずのものが、なぜ、あなたを素通りして、お孫さんのサト子さんのほうへ行くようになったか、そのへんの事情が、その手紙に、くわしく書
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