チンピラなら、ここにもひとり居るって……あなたたち、相手にもしなかったじゃ、ありませんか」
 もう一人の警官が息巻いた。
「だいたい君は、ひとをバカにしているよ」
 サト子は、笑いながら、言った。
「あなた、なにを怒っているんです?」
「空巣を庇うなんてことが、あるか、てんだ」
「失礼ですけど、庇ったりしたおぼえはないわ」
「あの男は、生垣を乗りこえてはいって来た。君は怪しいとも思わなかったのか」
「そこのところが、ちょっと、ちがうの。あのひとは垣根を乗りこえたりしませんでした。おはいりなさいって誘ったのは、あたしだったのよ」
「なんのために?」
「おとなりの方だと思ったからよ。おかしなことなんか、なにもないでしょ?」
 若い警官は横をむいて、聞えよがしにつぶやいた。
「これはまア、おっそろしく気の強いお嬢さんだ」
 サト子は負けずに、やりかえした。
「そうだと思って、ちょうだい」
 中年の刑事は、なだめるように言った。
「なにかにとおっしゃるが、正直なところ、いくらかはあの男を庇う気があったんだね? この方はとたずねたら、あなたは返事をしなかった」
「ボーイ・フレンドだろうなんて、失礼なことを言ったでしょう。たれが、返事なんか、するもんですか」
「つまり、そこです……あのとき、否《いや》とかノオとか、言ってくれたら、すぐ、ひっつかまえていた。あなたが庇いたてをしたばかりに、殺さなくともいい人間を殺してしまった……むざんな話だとは、思いませんか」
 サト子は、うなずいた。
「思いますとも……あたし泣いているのよ、心のなかで」
「あなたは、高慢なひとだ」
「ひっぱたきたい?」
 中年の私服は、あわれむようにサト子の顔を見返した。
「あなたをひっぱたいたって、どうなるものでもない、すんでしまったことだから……いや、どうも、おさわがせしました」
 おさまりかねるものがある。胸のどこかが、ひっ千切れるように痛む。サト子は、依怙地《いこじ》になって、みなのそばに立っていた。
「お手伝いしましょうか。これでも、泳ぎは上手なほうよ」
 たれも相手になってくれない。
 警官たちは、澗《ま》の海をながめながら、舟をだす相談をしている。サト子は石段をあがって、スゴスゴと芝生の庭にもどった。
 風が落ち、蒸しあげるような夕凪《ゆうなぎ》になった。
 汗ばんだ裸の脛《すね》に、スカートがベ
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