こいつを枕元へ置いて、霊感のひらめくまで、何十回となく、くりかえして聞く……坂田のものの言いかた、言葉の陰影と抑揚、言いちがい、言いなおし……微妙なもののなかから、坂田の弱点を発見する……そのあとで、弁護士会のクラブへ持って行って、弟子どもを集めて、それぞれのちがう耳で聞かせて、意見を述べさせる……あなたのおっしゃるような、たわいないことじゃないんです」
由良は、渋々うなずいてみせた。
「それは、わかるけど……私が言いたいのは、そんな大切な掛け合いなら、山岸さん自身がやってくだすったらよかろうということなの」
「おやじは、蜘蛛《くも》の巣の奥にいて、蝶《ちょう》々トンボがひっかかって、身動きできなくなったときに、はじめてうごきだすんです……この夏、熱海ホテルで坂田と顔をあわせたことだって、蜘蛛の常識からいえば、普通には、ないことなんですね。おばさまが、うるさくいうから、出て行きましたが、あれは失敗だったと、おやじも言っていました……サト子さんのお祖父さんの、十三億の遺産のことは……」
由良が、きびしい声で訂正した。
「あたしの父です」
「ご尊父さまの遺産のアレコレは、事件として、おやじに一任なすったのだから、行きつくアテがつくまで、だまって見ていてくださるほうがいいです」
階下のサロン・バアでは、調子を換えて、ドビュッシイの『沈める寺』を奏きだした。
由良は、窓ガラス越しに、目の下の通りを、だまってながめている。賢夫人の通性で、だまりこむと、腹のなかがわからなくなる。芳夫は煙草に火をつけると、そば目だてしながら、由良のようすをうかがっていたが、七五三の子供の兵隊によく似た、かぼそい口髭を撫でながら、そろそろと探りだしにかかった。
「なにを考えているんです? あなたが、そうしているときは、いちばん、こわいときなんだね?」
由良は、通りから目をはなさずに、つぶやいた。
「あなたのような、いい加減なひとのところへお嫁にいくサト子も、かわいそうなものだと、思っているとこなの……ほら、あそこを歩いている……いやだ、どうしたんだというんだろう。あんな、しょったれたコートを着て……」
芳夫が窓のそばへ立って行った。
葉を落しつくした街路樹の裸の枝々が、氷雨に濡れて、寒そうに光っている。着古した、玉ラシャのオーヴァ・コートに貧苦のやつれを見せたサト子が、豪勢なラクダ色
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