ることなんだから、いまさら、隠しもできないわ」
愛一郎は、草のなかに坐りこむと、膝に手において、がっくりと首をたれた。
「悪いことを言った。ゆるしてくれるね? カオルさん」
「だから、なんでもないって、言ってるでしょう」
「読んだのは、どういうところだったのかしら?」
「なにもかもよ……あなたのママの過失のことも、あたしのママの過失のことも……あたしにとっても、たいへんな発見だったわ。あたし、山岸の子供でなくて、ほんとうは、神月の子供だったのね」
「あれは、ママの想像でしょう。そんな深いことを、ママが知っているはずは、ないんだから」
「そのことなら、あたしが神月に会って、はっきりさせるわ。あなたが、とやかく言うことはないのよ。それより、ママの古い恋文、飯島の神月の別荘の、暖炉棚の虚《うろ》に放りこんであるって、書いてあったわね。あなたが心配しているのは、そのことなんでしょう。他人のこと気に病《や》むより、そのほうの始末をするほうがいいわ。なんだったら、いっしょに行って捜してあげましょうか。久慈なら、いくらか知ってるから」
愛一郎が首を振った。
「捜してみたけど、そこには、なかった……ママの手紙は、神月が手もとにおいてあるらしい。ウラニウムの鉱山とかを買うので、その金を、パパに出してもらえるように、ぼくに骨を折ってくれって……」
「そう言って、脅かしているわけなのね。それは、いつごろの話なの?」
「夏のはじめごろの話……ぼくが、うんと言わないと、ママの手紙を、郵便でパパのところへ送りつけるというんだ」
小道をとざす萱をおし分けながら、中村が谷戸へはいってきた。水を浴びたように、服も靴も、ぐっしょりと濡れていた。ツカツカと愛一郎のそばへ行くと、ドスのきいた声で、中村が叱※[#「口+它」、第3水準1−14−88]《しった》した。
「おい、立て……立って、おれについて来い」
脇窓
霧が流れるたびに、勝鬨《かちどき》の可動橋の巨大な鉄骨の側面が、水に洗われるように見えたり隠れたりしている。霧が深いので、毎朝、アパートの窓下の掘割へあがってくるポンポン蒸汽は、きょうはお休みらしい。聖路加病院の鐘が鳴るたびに、運河からカモメが舞いたつ。
サト子は、窓ぎわの椅子に掛け、灰色の霧に白い筋をひきながら、舞いたち舞いおりるカモメの遊戯を、所在なくながめていたが、そのうち
前へ
次へ
全139ページ中54ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング