い人が来ると「カサ」がきたという。「カサ」とか「クサ」とかいうのはインド語であって、今では「カサ」というとすぐ分りますがその当時は梵語でカサといえば向うには分らないでお互いには通ずる。それから疱瘡を患った人を「アバタ」というが、疱瘡という語は「アブタ」、それがアバタとなって、アバタがきたといえば疱瘡を患った人がきたという意味である。それから今では馬鹿といえば誰でも怒りますが、馬鹿という語にはいろいろ説がありますが、インドでは馬鹿の表現が青鷺である。青鷺を「バカ」といいます、それが馬鹿ということになったのであろうと思います。しかしこれには新村博士の説には慕何と云う梵語の訛りだという説を採用すべきであるとのことである。男子の隠し所の名前も隠語から転じたのであります。それから寺の庫裡という言葉、これは煙出しのある家という梵語「クテイ」で、庫というのも梵語らしい、厨も同じ梵語かと思われます。たいていラの字の付いたものは梵語が多いのであります。
私は近頃糖尿病を患いました、この病気には木※[#「木+忽」、415−8]がいいのでありますが、ラという音があるのでこれは梵語に違いないとだんだん探していきました所が、インドで苦い木、苦味のある※[#「木+忽」、415−9]を薬に用いる。それはタラタンの木で糖尿にもいいし胃にも腸にもよい、また神経痛にもよい。それでその根はタラコンと称し村井弦斎氏が胃腸の薬に用いている。御殿場に仏教女子青年館の会館が出來て私はそこに行っていることが多いのでありますが、糖尿になってから※[#「木+忽」、415−12]の木を切って皮を薬にして飲んでおりますが、非常によいのであります。まず胃にいい、腸にいい、それから刻んで風呂に入れると神経痛に宜しい、それでタラタン湯と号して飲薬にも薬湯にも用いております。
それから訶林という木がある。これもインドの言葉であります。こういうような言葉はシナからきたのも多いのでありますが、猿のことを「マシラ」というのは摩期羅を漢字で摩斯羅としたから起こったらしい。軍神を建駄天というのを韋駄天と書いたから訛ったのであります。鼓というのはヅンドビまたはドドビの転である。みなインド語であります。それから饅頭というのも梵語であります。それから寺というのはこれは朝鮮のツオーラの転といいますが、これはまたインドの言葉から変化してきたのだと思います。長老を「テーラ」といいますからこれに家の字を付けて寺家、今の寺家というのと同じことであったと信ずる。それと同じことであったと信ずる。それと同じ浮屠というのは仏のことでありますが、シナでフトというから、それに家を付けて浮屠家《ふとけ》といったのが「ほとけ」の名だと思います。そういうぐあいに、皿も梵語、幡も梵語である。閼伽(水)ももちろん梵語である、旦那も施主の意味で梵語である。そこにバラモンがおりましたので直接間接に教わったものと見ることが出来るのであります。萬葉集にこういう短歌がありますが、その意味は近頃まで解釈が出来なかった。
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バラモンの作れる小田をはむ烏
まなぶたはれてはたほこに居り
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この歌の意味が古人には分らなかった。バラモンが奈良朝に荘園を貰って田を作っていたということが分ればこれは何でもないことでありますが、そのバラモンの作った田をはむ烏までもバラモンの説教の感化を受けて、まなぶたはれて即ち涙を澪してはたほこに止っている、「ハタ」というのもインド語です。仏教の習慣では説法する時は法幢を建てるといって幡を立てて説法する。萬葉時代にバラモンの活躍という事実があったことを知ればかく解るのは適当と思います。それから骰子の遊び、これもインドから移って来たもので、サイコロの「サイ」というのは、博奕のことをパラサイというのでこれを略した名である。パラサイというのはこの遊びのインド語であります。萬葉の時には「カリ」という博奕があった、これは梵語でカリというのは一点を付けた骰子の名である。「コロ」というのは梵語で「クル」というのは「成就せよ」「出て来い」というような意味であるから転ばす時に「クル」といって投げ、望みの目が出た時は「クリタ」(成就した)という。クリタは四点の目で勝利を示すのである。この勝負に敗けたら酒を賭けるというのは酒づく、といい、人を泊らせる約束を寝づく、米を賭けるのを米づくという。この言葉もやはり梵語から来たのだと思います。ヅフ即ち搾取する意である。それから天平時代に、今のバラモン僧正より前からあるのでありますが、密陀絵という絵風がある油絵である。
推古天皇の玉蟲の厨子も密陀絵であります、これはペルシャの言葉で「ムルダーセン」というのである。これは薬の名で、同時に絵の具に用いたもので
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