は婆羅門と謂ふ。
四〇五 若し人群生の弱きと強きとに拘らず其の中に居て刀杖を捨て(自ら)殺さず、又他をして殺さしめざれば、彼を我は婆羅門と謂ふ。
四〇六 爭の中に處して爭はず、暴き中に處して慍らず、有取の中に處して無取なる人を我は婆羅門と謂ふ。
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有取―精神と肉體とに於て自我を認むるを云ふ。
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四〇七 若し人あり貪と瞋と慢と覆《ふ》を離るゝこと芥子が針端より(落つるが如くなるときは)、彼を我は婆羅門と謂ふ。
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覆《ふ》―他人の善や、自分の不善を隱覆すること。
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四〇八 ※[#「鹿/(鹿+鹿)」、第3水準1−94−76]ならざる教訓する實語を發し、其の語に由りて誰をも怒らさざる人を我は婆羅門と謂ふ。
四〇九 人若し此の世に於て或は短、或は長、※[#「鹿/(鹿+鹿)」、第3水準1−94−76]細、淨不淨(を問はず)、與へられざる物を取らざれば、彼を我は婆羅門と謂ふ。
四一〇 人若し今世又は後世を希はず、希望なく、束縛を離るれば、彼を我は婆羅門と謂ふ。
四一一 人若し愛著なく、(諦理を)知つて疑なく、甘露の源底に達すれば、彼を我は婆羅門と謂ふ。
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甘露―涅槃を云ふ。
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四一二 人若し此の世に於て福と罪と兩《ふたつ》ながら執するを息め、憂なく、貪を離れ、清淨なれば彼を我は婆羅門と謂ふ。
四一三 月の翳《くも》り無く、淨く澄み、明なる如く、變化的生存の愛已に盡きたる人を我は婆羅門と謂ふ。
四一四 人若し此の敵と險道と輪廻と癡を越え、已に渡り、彼岸に達し、靜慮し、欲なく、疑なく、所取なく、安穩なれば、彼を我は婆羅門と謂ふ。
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敵―貪等を指す。
險道―煩惱。
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四一五 人若し現世に於て諸欲を斷ち、家を捨てて遍歴し、欲の存在を盡せば、彼を我は婆羅門と謂ふ。
四一六 人若し現世に於て愛を斷ち、家を捨てて遍歴し、愛の存在を盡せば、彼を我は婆羅門と謂ふ。
四一七 人の軛を斷ち、神の軛を超え、一切軛の束縛を離るれば、彼を我は婆羅門と謂ふ。
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神の軛―軛は或種の煩惱を云ふ、人や神を役使し自在ならざらしむればなり、「神」とは變化的生存者中の一類のものを指す、即ち人間を超出せ
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