赤い頬に笑を浮べて叫んだ。「今に見てろ! 俺が誰よりも澤山採つて來るからツ。」それから皆は自分の事をも打忘れ、勝次が夥しい椋の實を貪り採つてゐる嬉しさうな姿を羨しく見つめてゐた。勝次はやがてふつくらとふくらんだ懷をおさへながら、復枝を傳ひかけた。その時の彼の顏は本當に得意さうだつた。が、その時……。みなは齊しく驚きの眼を見張つた。と、その瞬間、彼の身體は毬の樣に下へ落ちて行くのだつた。皆が驚いてやつと木から下りた時には、勝次の身體は冷たい石の上にうつむいて横たはつてゐた。彼の懷からは青い椋の實が四邊へ散りこぼれ出してゐた。
勝次は足を折つて皆に運ばれ、遂に遠くの病院へかつがれて行つた。そして未だに村へは歸つて來ないのだ。皆が先生に何度もきいた事もあつた。けれどもやつぱり先生も何にも知らないらしい。今は背戸川のかんからの時だ。勝次の懷からこぼれ出たやうな青い椋の實が、今もあの石の四邊には散りこぼれてゐるだらうが、勝次は一體どうしてゐるだらう――。
底本:「校定 新美南吉全集第二巻」大日本図書
1980(昭和55)年6月30日初版第1刷発行
1985(昭和60)年5月2
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