ないが、心の中はもう狐になってしまっているかもしれないわけだ。
おなじ月夜で、おなじ野中の道では、誰でもおなじようなことを考えるものです。そこでみんなの足はしぜんにはやくなりました。
ぐるりを低い桃の木でとりまかれた池のそばへ、道が来たときでした。子供たちの中で誰かが、
「コン」
と小さい咳《せき》をしました。
ひっそりして歩いているときなので、みんなは、その小さい音でさえ、聞きおとすわけにはゆきませんでした。
そこで子供たちは、今の咳は誰がしたか、こっそり調べました。すると――文六ちゃんがしたということがわかりました。
文六ちゃんがコンと咳をした! それなら、この咳にはとくべつの意味があるのではないかと子供たちは考えました。よく考えて見るとそれは咳ではなかったようでした。狐の鳴声のようでした。
「コン」
とまた文六ちゃんがいいました。
文六ちゃんは狐になってしまったと子供たちは思いました。わたしたちの中には狐が一匹はいっていると、みんなは恐ろしく思いました。
五
樽屋《たるや》の文六ちゃんの家は、みんなの家とは少しはなれたところにありました。ひろい、蜜柑畑《みかんばたけ》になっている屋敷にかこわれて、一軒きり、谷地《やち》にぽつんと立っていました。子供たちはいつも、水車のところから少し廻りみちして、文六ちゃんを、その家の門口《かどぐち》まで送ってやることにしていました。なぜなら、文六ちゃんは樽屋の清六さんの一人きりの大事な坊《ぼっ》ちゃんで、甘えん坊だからです。文六ちゃんのお母さんが、よく、蜜柑やお菓子をみんなにくれて、文六ちゃんと遊んでやってくれとたのみに来るからです。今晩も、お祭にゆくときには、その門口まで、文六ちゃんを迎えに行ってやったのでした。
さてみんなは、とうとう、水車のところに来ました。水車の横から細い道がわかれて草の中を下へおりてゆきます。それが文六ちゃんの家にゆく道です。
ところが、今夜は誰も、文六ちゃんのことを忘れてしまったかのように、送ってゆこうとするものがありません。忘れたどころではありません、文六ちゃんがこわいのです。
甘えん坊の文六ちゃんは、それでも、いつも親切な義則君だけは、こちらへ来てくれるだろうと思って、うしろをむきむき、水車のかげになってゆきました。
とうとう、だれも文六ちゃんといっしょに
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