ていました。ごんは、
「ふふん、村に何かあるんだな」と、思いました。
「何《なん》だろう、秋祭かな。祭なら、太鼓や笛の音がしそうなものだ。それに第一、お宮にのぼりが立つはずだが」
 こんなことを考えながらやって来ますと、いつの間《ま》にか、表に赤い井戸のある、兵十の家の前へ来ました。その小さな、こわれかけた家の中には、大勢《おおぜい》の人があつまっていました。よそいきの着物を着て、腰に手拭《てぬぐい》をさげたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きな鍋《なべ》の中では、何かぐずぐず煮えていました。
「ああ、葬式だ」と、ごんは思いました。
「兵十の家のだれが死んだんだろう」
 お午《ひる》がすぎると、ごんは、村の墓地へ行って、六地蔵《ろくじぞう》さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向うには、お城の屋根瓦《やねがわら》が光っています。墓地には、ひがん花《ばな》が、赤い布《きれ》のようにさきつづいていました。と、村の方から、カーン、カーン、と、鐘《かね》が鳴って来ました。葬式の出る合図《あいず》です。
 やがて、白い着物を着た葬列のものたちがやって来るのがちらちら見えはじめました。話声《はなしごえ》も近くなりました。葬列は墓地へはいって来ました。人々が通ったあとには、ひがん花が、ふみおられていました。
 ごんはのびあがって見ました。兵十が、白いかみしもをつけて、位牌《いはい》をささげています。いつもは、赤いさつま芋《いも》みたいな元気のいい顔が、きょうは何だかしおれていました。
「ははん、死んだのは兵十のおっ母《かあ》だ」
 ごんはそう思いながら、頭をひっこめました。
 その晩、ごんは、穴の中で考えました。
「兵十のおっ母は、床《とこ》についていて、うなぎが食べたいと言ったにちがいない。それで兵十がはりきり[#「はりきり」に傍点]網をもち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、うなぎをとって来てしまった。だから兵十は、おっ母にうなぎを食べさせることができなかった。そのままおっ母は、死んじゃったにちがいない。ああ、うなぎが食べたい、うなぎが食べたいとおもいながら、死んだんだろう。ちょッ、あんないたずらをしなけりゃよかった。」

       三

 兵十が、赤い井戸のところで、麦をといでいました。
 兵十は今まで、おっ母と二人《ふたり》きりで、貧しいくらしをしていたもので、おっ母が死んでしまっては、もう一人ぼっちでした。
「おれと同じ一人ぼっちの兵十か」
 こちらの物置《ものおき》の後《うしろ》から見ていたごんは、そう思いました。
 ごんは物置のそばをはなれて、向うへいきかけますと、どこかで、いわしを売る声がします。
「いわしのやすうりだアい。いきのいいいわしだアい」
 ごんは、その、いせいのいい声のする方へ走っていきました。と、弥助《やすけ》のおかみさんが、裏戸口から、
「いわしをおくれ。」と言いました。いわし売《うり》は、いわしのかごをつんだ車を、道ばたにおいて、ぴかぴか光るいわしを両手でつかんで、弥助の家の中へもってはいりました。ごんはそのすきまに、かごの中から、五、六ぴきのいわしをつかみ出して、もと来た方へかけだしました。そして、兵十の家の裏口から、家の中へいわしを投げこんで、穴へ向《むか》ってかけもどりました。途中の坂の上でふりかえって見ますと、兵十がまだ、井戸のところで麦をといでいるのが小さく見えました。
 ごんは、うなぎのつぐないに、まず一つ、いいことをしたと思いました。
 つぎの日には、ごんは山で栗《くり》をどっさりひろって、それをかかえて、兵十の家へいきました。裏口からのぞいて見ますと、兵十は、午飯《ひるめし》をたべかけて、茶椀《ちゃわん》をもったまま、ぼんやりと考えこんでいました。へんなことには兵十の頬《ほっ》ぺたに、かすり傷がついています。どうしたんだろうと、ごんが思っていますと、兵十がひとりごとをいいました。
「一たいだれが、いわしなんかをおれの家へほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、盗人《ぬすびと》と思われて、いわし屋のやつに、ひどい目にあわされた」と、ぶつぶつ言っています。
 ごんは、これはしまったと思いました。かわいそうに兵十は、いわし屋にぶんなぐられて、あんな傷までつけられたのか。
 ごんはこうおもいながら、そっと物置の方へまわってその入口に、栗をおいてかえりました。
 つぎの日も、そのつぎの日もごんは、栗をひろっては、兵十の家へもって来てやりました。そのつぎの日には、栗ばかりでなく、まつたけも二、三ぼんもっていきました。

       四

 月のいい晩でした。ごんは、ぶらぶらあそびに出かけました。中山さまのお城の下を通ってすこしいくと、細い道の向うから、だれか来る
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