ぼうしをかむり、かぶと虫を糸のはしにぶらさげて、門口《かどぐち》を出ていきました。
 昼は、たいそうしずかで、どこかでむしろをはたく音がしているだけでした。
 小さい太郎は、いちばんはじめに、いちばん近くの、くわ畑の中の金平《きんぺい》ちゃんの家へいきました。金平ちゃんの家には、しちめんちょうを二わかっていて、どうかすると、庭に出してあることがありました。小さい太郎はそれがこわいので、庭まではいっていかないで、いけがきのこちらから中をのぞきながら、
「金平ちゃん、金平ちゃん。」
 と、小さい声でよびました。金平ちゃんにだけ聞こえればよかったからです。しちめんちょうにまで、聞こえなくてもよかったからです。
 なかなか金平ちゃんに聞こえないので、小さい太郎は、なんどもくりかえしてよばねばなりませんでした。
 そのうちに、とうとう、うちの中から、
「金平はのォ。」
 と、返事がしてきました。金平ちゃんのおとうさんのねむそうな声でした。
「金平は、よんべから腹《はら》がいとうてのォ、ねておるのだで、きょうはいっしょに遊べんぜェ。」
「ふウん。」
 と、聞こえないくらいかすかに鼻の中でいって、小さい太郎はいけがきをはなれました。
 ちょっとがっかりしました。
 でも、またあしたになって、金平ちゃんのおなかがなおれば、いっしょに遊べるからいいと思いました。

         三

 こんどは、小さい太郎は、ひとつ年上の恭一《きょういち》君の家にいくことにしました。
 恭一君の家は、小さい百姓家《ひゃくしょうや》でしたが、まわりに、松や、つばきや、かきや、とちなど、いろんな木がいっぱいありました。恭一君は木のぼりがじょうずで、よくその木にのぼっていて、うかうかと、知らずに下を通ったりすると、つばきの実を頭の上に落としてよこして、おどろかすことがありました。
 また、木にのぼっていないときでも、恭一君はよく、もののかげや、うしろから、わっといってびっくりさせるのでした。ですから小さい太郎は、恭一君の家の近くにくると、もうゆだんができないのです。上下左右、うしろにまで気をつけながら、そろりそろりと進んでいきます。
 ところがきょうは、どの木にも恭一君はのぼっていません。どこからも、わっといってあらわれてきません。
「恭一はな。」
 と、にわとりに餌《えさ》をやりに出てきたおばさんが
前へ 次へ
全5ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
新美 南吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング