《しょうぜん》と引上て来た、然るに朝になって悪魔は嘲《あざけ》る如く又も新田一家を愚弄した、それは配達された一通の郵便で、粗悪な封筒と巻紙に墨痕踊るが如く
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昨夜以来御心痛|奉拝察候《はいさつたてまつりそうろう》、御令嬢は恙《つつが》なく我輩の掌中に在之候《これありそうら》えば慮外ながら、御放念相成度万一御希望なれば、金一万五千円○○山麓記念碑|裡《うち》、稚松《わかまつ》の根方へ御埋没あり次第御帰還の取計可仕《とりはからいつかまつるべく》、最も安全なるべき警察力を利用せらるるは、貴家にとりて却て怖るべき禍根と相なるべく慎重なる御熟考を勧むる所以《ゆえん》に御座候。敬具
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[#地付き]音羽組
と毒づいてあったので、剛毅な善兵衛も色を失った、消印を見ると三十|哩《マイル》斗《ばか》り隔た□□市から速達便で郵送されたことが判った。
善兵衛は警察の手を借ることに躊躇《ちゅうちょ》した、それは兇漢の復讐を怖れるよりも、事件の公表されることを憚《はばか》ったのである。ゆき子は十日程前に当市の市参事会員|橋本《はしもと》氏の紹介で、現在勅選議員で羽振の利く森本庄右衛門《もりもとしょうえもん》の次男から結婚の申込を受けた、善兵衛からゆき子の意嚮《いこう》を聞くと、一週間ほど考えさせてくれとのことで、漸《やっ》と一昨日《おととい》内諾の意を父に伝えた、善兵衛は大に歓んだ、初め新田の方に差支があれば何程かの持参金附で養子に行《やっ》てもよいと先方からの申條《もうしじょう》に大変乗気で、此良縁こそ逃すまいと力を入れて、明日にも橋本氏へ承諾の回答を送るべき矢先であった。
春日《かすが》が電話に接して、助手兼秘書の渡邊《わたなべ》を同伴《つれ》て新田家を見舞ったのは第二の脅迫状の着いた間もなくで主人は二人を客間に通して、具《つぶさ》に昨夜以来の出来事を語り、証拠の書状二通をも渡して見せた、春日は渡邊に顛末《てんまつ》をすべて速記させ、尚手紙も詳細に調べたがそれは、預って懐中《ポケット》へ収めた。
「どうでしょう、万一娘に瑕《きず》でもつけられるようなことになると困りますから、至急□□市へ出張して調べて貰えませんか」
「それよりお嬢様のお部屋を調査させて貰いましょう、誰れか朝から、そこを掃除するか出入した方がありますか」
「否《いや》昨夜私が
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