今日はもう、嘆聲すら出せなくなつてゐる。
『ヤーレ、もつとそろつと歩け、ほこりが堪んねよ。』
『いくらそろつと歩いても、ほこりの方で舞ひ上んだよ。』
みんな變に氣むずかしくなつてゐる。ぐつたりと萎へしほれた畑作の一面に、風一つ渡る氣配なく、土色に濁つた空氣がもーツとひろがつてゐる。それが上部に行くにつれて、濁つた紫色に、更らに高くなつてギラ/\とした青さに、そしてその中心に、燒きついたやうにして太陽が輝いてゐる。彼等のうちの誰でも、そこまで眼を移して行つたなら、めまひを起してその場に卒倒するばかりである。彼等は先刻の子供等と違ひ最早太陽を見ることを病的に怖れてゐる。
只土の上を見て歩いてゐる。が、その土は一足一足毎にぷかり/\と舞ひ立ち、むつとした草いきれと一緒に、脛から股から胸から顏へ匍ひ上り、たく/\流れる汗へ飛びついて來る。眞黒な汗が、襟筋から胸へツル/\流れ落ちる。それを拭きもせずに歩いてゐると、耳が變にガーンとして來て、眼が眞赤に充血して來る。その眼に、ギラ/\照り輝いてゐるほこりの道がカーツと迫つて來る。瞬間、氣が狂ひさうになる。
『アーツ、水だ、水だ!』雷神樣の噴井戸からいたゞいた水を各自が竹筒に入れて持つてゐる、その水を飮まうとする。
『それを飮んでなるものか、今までの雨乞が臺なしになつちまうわ。』と、一人が言ふ。
『オーイ、もつとはやく歩け。雷神樣ア、のろまが大嫌ひだと。』向うで誰かが怒鳴る。
『何をぬかす。今になつて急いだつて間に合ふか。』
『さうよ、もうはア稻も岡穗も刈り飛ばして、みんな馬に喰はせつちまへばいゝだ。』
『それでみんな首を吊つて死ねばいゝだ。』
『それでおしまひだ。』
『あれを見ろ、おしんのあま、いゝ氣になつて達公の手をつかめえて歩いてやがら。』
『あの肥つちよの乳のところをえぐり拔いて血祭りでもすると、雨は今日がうちにも降るで。』
『われがそれをやつて見ろ。』
『何が出來るもんか、こいつ、あいつに惚れてんだよ。』
『馬鹿野郎。』
『何を!』
『うるせい、默つてドシ/\歩け!』
ほこりの中のわめき合ひはそれで消えて、行列はまた默々と動いて行く。
三
と、うしろの方で變に鋭どい叫び聲があがる。五、六人が一かたまりになつて押し合ふやうなことをしてゐる。そこへわた/\走つて行く若者がある。立ち停つて見てゐる
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